塚原晢夫
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日本統治時代の朝鮮京城府(現在のソウル特別市)出身。作曲を池内友次郎、信時潔、橋本国彦、アーロン・コープランドに、指揮を金子登、斉藤秀雄に師事。1951年にNHK音楽コンクール作曲の部で交響組曲「異国の踊り子」が1位となる。1964年には交響絵巻「くもの糸」でイタリア放送協会賞を受賞した。
1953年にツカハラ・オーケストラ・シンフォニックを結成。ミュージカル、ラジオ、テレビ、映画音楽等の分野で広く活動した。1972年には朝日ジュニアオーケストラ(現在のジュニア・フィルハーモニック・オーケストラ)[1]を結成、青少年の指導に尽力する。[2]ジュニア・フィルハーモニック・オーケストラのリハーサル(練習していたのはベートーヴェンの交響曲第九番であったという)中に倒れ、急逝した。[1]