塩次伸二

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出生名 塩次伸二
生誕 1951年3月5日
出身地 日本の旗 日本福岡県
死没
塩次伸二
出生名 塩次伸二
生誕 1951年3月5日
出身地 日本の旗 日本福岡県
死没
ジャンル ブルース
職業 ギタリスト
担当楽器 ギター
活動期間 1971年2008年
レーベル 徳間バーボン、Show Boat、InvitationZAIN
共同作業者 ウエスト・ロード・ブルース・バンド、しいちゃんブラザーズ、ダウンホーマーズ
公式サイト http://www.ss335.com/

塩次伸二しおつぐしんじ, 1951年3月5日2008年10月19日)は、日本のギタリスト。ウエスト・ロード・ブルース・バンド創設メンバーのひとり。

1951年3月5日[1]、福岡県に生まれる[2]

1971年、塩次は同志社大学の軽音楽部に在籍していた永井"ホトケ"隆、小堀正に山岸潤史と松本照夫を加え、ウエスト・ロード・ブルース・バンドを結成[3][2]。彼らは翌1972年には、B.B.キングの大阪公演のオープニング・アクトを務めた[2]

1975年、ウエスト・ロード・ブルース・バンドを脱退し、ドラマーの井上茂のバンド、しいちゃんブラザーズやハーモニカ奏者の入道らと結成したダウンホーマーズなどで活動する。ダウンホーマーズは1976年にアルバム『Oh Yeah!』をリリースした[4]

1984年には、ウエスト・ロード・ブルース・バンドがオリジナル・メンバーで再結成し、アルバム『ジャンクション』をリリースした。

1987年、初のソロ・シングル「ビッグ・タウン・ブルー」をリリース。

1990年、ピアニスト、有吉須美人(アリヨ)のバンド、アリヨズ・シャッフルに参加。シカゴのヴァレリー・ウェリントンをヴォーカリストに迎えて、日本をツアーした[5]。このときの高円寺JIROKICHIのライヴはアルバム『Shuffle』として1991年にリリースとなった[6]

1993年、チャールズ・アーランドと酒井潮という2人のオルガン奏者を迎え、塩次伸二ブルーヴィー・ミーティン名義で『Cookin' With B-3』をリリース。4ビート、ジャンプからラテン・サウンドまで展開した[7]

2001年にはNacomiが塩次のバンドに加入し、2年間活動を共にしている。塩次は、彼女の2007年のデビュー・アルバム『Grabbed My Heart』に客演した[8]

2001年以降、ポール・ジャクソンマーティー・ブレイシー小島良喜をメンバーとしたBAD BOYS BLUES BAND、セッション・バンドのブルース・アンボセリなどでも活動している[2]

2007年には、ソロ名義としては初のアルバムとなる『Can't Stop Playin' The Blues』をリリース。同年、ウエスト・ロード・ブルース・バンド時代からの盟友、山岸潤史とのニューオーリンズ録音の共演作『TOGETHER AGAIN ~Blues in New Orleans』もリリースしている[9]

2008年10月18日、公演のため訪れた栃木県佐野市で公演前に体調が急変、翌10月19日午前0時20分、同市の病院にて心不全のため死去。57歳没[10]。かねてより心臓を患っており、入退院を繰り返しつつ音楽活動を続けていた[11]

その他

塩次伸二の弟子に、田中晴之静沢真紀がいる。

ディスコグラフィー

脚注

外部リンク

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