塩谷信男

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塩谷 信男(しおや のぶお、1902年3月24日 - 2008年3月14日[1])は、日本の内科医師、心霊研究者。

山形県南村山郡上山町生まれ[2]。1926年東京帝国大学医学部卒業。1930年「剔出腸管の薬理学的知見補遺」で医学博士

1926年京城帝国大学医学部助手、1928年助教授。1931年に東京渋谷内科医院を開業[3]。正心調息法を創始した。

80歳を過ぎてもずっと現役医師として活動して医院を経営していたが、84歳となった1986年に医師業を引退し、自身の医院を閉院して静岡県熱海市に隠棲[4]。医師を退いてからはゴルフを好み、エージシュートを3回達成し、『週刊ゴルフダイジェスト』に連載コラムを持つなどした[4]。100歳になるまでは大きな病気一つせずずっと元気で過ごしていたが、100歳を迎えた直後に脳梗塞と大腿骨骨折を併発して高度な認知症となり、そのため亡くなるまでの6年間は寝たきり状態となった。

2008年3月14日、静岡県熱海市の自宅にて105歳(享年107)で逝去する。

子に2015年文化功労者に選ばれた作家の皆川博子北里大学名誉教授の塩谷信幸[4]、伝奇・SF作家の塩谷隆志がいる。

著書

脚注

外部リンク

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