塩谷忠男 From Wikipedia, the free encyclopedia 塩谷 忠男(しおたに ただお、1917年 <大正6年> 9月17日 - 2017年 <平成29年> 9月23日)は、日本の経営者。太陽神戸銀行頭取を務めた。位階は従四位。 石川県松任市出身[1]。1939年に高文行政科に合格し、1941年に東京商科大学を卒業し、同年に大蔵省に入省[1]。東海財務局長、大臣官房財務調査官、日本銀行政策委員会代表委員などを歴任[1]。1966年11月に日本相互銀行常務に就任し、1968年12月に普通銀行に転換した太陽銀行(のちの太陽神戸銀行)常務に就任し、1972年11月に取締役に就任し、常務、専務、副頭取を経て、1978年12月に頭取に就任[1]。1983年6月に会長に就任し、1987年6月に取締役相談役を経て、1991年6月にさくら銀行相談役に就任し、1997年10月には名誉顧問に就任[1]。 1987年11月に勲二等旭日重光章を受章[1]。 2017年9月23日老衰で死去[2]。100歳没。死没日付をもって正八位から従四位に進階した[3]。 脚注 [脚注の使い方] 1 2 3 4 5 6 興信データ株式會社 2003, し16、し17頁. ↑ (おくやみ)塩谷忠男氏(元太陽神戸銀行〈現三井住友銀行〉頭取)2017年 10月3日 日本経済新聞 ↑ 平成29年 2017年11月1日付 官報 本紙 第7135号 8頁 参考文献 興信データ株式會社『人事興信録 第42版 上』興信データ、2003年。 先代石野信一 太陽神戸銀行頭取第2代:1978年 - 1983年 次代奥村輝之 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。表示編集 Related Articles