士志の会
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概要
変遷
2005年の郵政民営化法案への対応で平沼は反対して党外に追放、古賀は反対派の中枢にいたが土壇場で高村とともに棄権し、辛くも自民に残るが党内影響力は著しく低下、麻生は当時総務大臣であり、また小泉内閣の中枢でもあり、当然賛成しポスト小泉の総裁候補に名前が上る、など4人の立場はバラバラになり、事実上空中分解状態にある。また、年齢的にも位置的にも中途半端であるために中二階と揶揄されることもあった。
2007年、古賀、平沼、高村ら3人と、外遊中の麻生に代わって3人と同期の防衛大臣久間章生が会談した。この席上、久間が士志の会に加入し、今後は5人で会合を実施することで合意した。しかし、2007年自由民主党総裁選挙では古賀、高村が福田康夫を推し、久間が麻生を推したため、結局一致結束して行動をすることはなかった。
2008年自由民主党総裁選挙では久間、高村、古賀が揃って麻生支持を表明し、麻生が自由民主党総裁に選出された。