盛岡市材木町と盛岡市盛岡駅前北通との間を流れる北上川に架かっている。夕顔瀬橋と名前は付いているが、夕顔瀬町にはかかっていない。
架橋以前は舟渡しが運航されていたが、1656年(明暦2年)に土橋が架橋された[2](一説には翌1657年の架橋[1])。1756年(明和2年)に北上川に中島を築いた中継式架橋となり、現橋でも基礎となっている[1]。橋の維持のため鹿角街道や秋田街道沿いでは橋料が課せられていた[1]。
1869年(明治2年)に巨石の中島を置いた近代的な土橋に架け替えられた[2]。さらに1940年(昭和15年)には内務省直営工事によりカンチレバートラス橋が建設された[2]。
その後、アルペンスキー世界選手権雫石大会の開催に合わせて架け替えられることとなった。こうして完成した現橋は1993年(平成5年)に完成したもので、夕顔の種をモチーフとした彫刻家・前田直樹の作品を親柱としている[2]。
時代小説の「壬生義士伝」では幕末期のこの橋が度々登場しており、物語の重要な舞台となっている。