1950年ごろから関西電力が計画を立てはじめた。1953年に世界銀行が日本の戦後復興のために2150万ドルを利率5%、償還期限20年で関西電力に貸し付け、建設が始まった[1]。1956年に1号機が運転を開始、4号機までが建設された。当初は石炭専焼だったが、のちに重油専焼に転換した。老朽化に伴い2001年に廃止された。跡地では工業用砥石製造業のニューレジストン株式会社が操業しているほか、ベアリング部品製造業の株式会社センヨーの進出や関西電力を中心とした特別目的会社による蓄電所の建設が計画されている[2]。