多賀弘明
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早稲田大学の自動車部に所属し、ラリーやフィギュアなどの競技に出場[3]。
1963年の第1回日本グランプリでは、トヨペット・クラウンを駆ってC-VIクラスに出場し、優勝を飾っている。
1964年には「トヨタモータースポーツクラブ(TMSC)」の設立に関与し、2代目のTMSC会長に就任[4]。
当初TMSCの主催で行われていた富士1000kmなどのレースや、1966年のトヨタ・2000GTによるスピードトライアル運営にも携わっていた[5]。また日本自動車連盟(JAF)スポーツ委員会のメンバーとしても活動した[6]。
1971年にTMSC-R(トヨタのレース活動を請け負う会社)が設立された際には、高橋利昭(TMSC-R社長)と共に発起人(TMSC-R会長)になっている[7]。
2013年には、日本グランプリ50周年を記念して発足したゴールドスタードライバーズクラブ(現・レジェンドレーシングドライバーズクラブ)の会長に就任した(2016年11月に退任)。
80歳を過ぎた現在も現役ドライバーとしてレース参戦を続けており、2014年7月にはツインリンクもてぎで開催された7時間耐久レース(JOY耐)に、日本グランプリ優勝時のクラウンの再現車(1964年型トヨタ・クラウンRS41改)に乗り、満年齢80歳にして出場[8]。
2016年10月にMEGAWEBで行われた「TOYOTA MOTOR SPORTS DREAM DRIVE DREAM LIVE 2016」にも、同クラウンRS41改を自ら駆り登場した[9]。
2015年2月に行われた電王戦×TOYOTA リアル車将棋では早稲田大学自動車部監督として、羽生善治側の車の制御を担った[10]。
2018年11月と2019年10月には「レジェンドクラブカップ」(往年の名レーサーのレース。レジェンドレーシングドライバーズクラブが運営)に出場している。
脚注
- ↑ 早稲田大学自動車部 2014年7月3日 - Facebook
- ↑ 街歩きに出かけよう Vol.3 谷根千編 - TONTON club
- ↑ 『ノスタルジックヒーロー』2013年10月号
- ↑ 初代会長はオオツキ・ダンディー号などの2輪車を製造した大槻工業の社長が務めたが、短期間で退任したため、多賀が実質的な初代会長。『オールドタイマー』2014年8月号
- ↑ 2000GTスピードトライアルはTMSCが主催。多賀は競技長を務めた。『ノスタルジックヒーロー』2013年10月号、『オールドタイマー』2019年10月号
- ↑ 役員プロフィール - ゴールドスタードライバーズクラブ
- ↑ 『オールドタイマー』2019年12月号
- ↑ 『オールドタイマー』2014年10月号
- ↑ 6年ぶりに復活した「DDDL2016」。「2000GT」など8台が華原朋美ライブとコラボして疾走! - JAF MATE・2016年10月25日
- ↑ 『将棋世界』2015年4月号 pp.28 - 31