夢野一子
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本気で漫画家を志すようになったのは、東京デザイナー学院・アニメ科を中退してからで[5]、投稿・持ち込みを重ね、持ち込み作品が第12回別コミ新人賞の佳作に入選し、1977年、『別冊少女コミック』(小学館)8月号に掲載の『光色の小さな部屋から』でデビュー[4]。同誌や『プチフラワー』・『プチコミック』(小学館)で読切作品などを発表。
その後、『リュウ』誌に「虹色の卵たち」という怪獣ものを発表し、新境地を開く[4]。さらに、『BE・LOVEパフェ』・『BE・LOVE』(講談社)などレディースコミック誌に活動の場を移す。
1987年以降は、青年向け漫画誌の『月刊アフタヌーン』・『モーニング』(いずれも講談社)で活躍。その構成力と独特のセリフ、ストーリー展開には定評がある。
人物
ストーリー漫画を描き始めたのは中学に入ってからで、中学3年のころから『別冊マーガレット』(集英社)の漫画スクールに投稿を開始している[5]。しかし、実は当時少女漫画誌は同誌しか読んでなくて、少年漫画誌(『サンデー』や『マガジン』)の方が好きだった。横浜大桟橋で行われたとある漫画の集会で知り合ってから10年来の親しい友人となった笹生那実および浅川まゆみ2人のレポート漫画でも、3人全員の共通点は『少年ジャンプ』フリークである事ぐらいと証言している(1982時点[8][1])。
高校時代は漫研に在籍し肉筆同人誌をちょこちょこ描いていて、漫画投稿は少し挫折しかかっていた時期もあり、漫画よりもアニメーションに夢中になって虫プロの『哀しみのベラドンナ』、東映動画の長編などの上映会に足を運んだという。テレビでは『バビル2世』や『マジンガーZ』、『人造人間キカイダー』や『仮面ライダー』、『海のトリトン』や『科学忍者隊ガッチャマン』などが面白かったという。『ライダー』は藤岡弘よりも佐々木剛派である、『アルプスの少女ハイジ』から『宇宙戦艦ヤマト』に切り替えており、漫研の仲間と録音したテープを聴き入っていたという。ほんの少しの長さであるが、8ミリのアニメーションを実際に作ったこともあるという。前述の東京デザイナー学院のころにアニメーターになる夢は挫折し、漫画に切り替えている。影響を受けた漫画家としては池上遼一や萩尾望都、星野之宣などであり、車田正美なども好みである[5]。
父親が巨人ファンで、その影響で野球好きになったという[9]。大洋ホエールズと西武ライオンズに夢中だった時期もあるという[6]。日本ハムファイターズの監督であった大沢啓二に惹かれていた時期もあったようである[5]
徹夜は苦手。仕事のないときは、SF小説を読むことが多く、ハワード・フィリップス・ラヴクラフトの作品はほとんど読んでいる。『エイリアン』は二度見ており、『ウルトラQ』や『怪奇大作戦』など怪奇ものも好きである。レッドキングやゴジラの美しさに感動したという。バルンガやペギラなども好みである。好きな俳優はメル・ギブソンであるが、『マッドマックス』シリーズでは女優の方に興味があると述べている。日本古代史や江戸時代史にも関心があるようである[5]。
歌舞伎の『雪夕暮入谷畦道』(直侍と三千歳)の劇中で役者が本物の蕎麦を食べるシーンがあり、それに触発されて芝居鑑賞後に銀座4丁目の更科蕎麦を食べてみたら、おいしかったと思い知り、それ以来、大の蕎麦好きとなったという逸話をエッセイ漫画に描いている[10]。なお歌舞伎役者では七代目尾上菊五郎の贔屓らしい[1]。