大モロッコ From Wikipedia, the free encyclopedia 大モロッコ 1876年の西サハラ 大モロッコ(アラビア語:المغرب الكبير)は、モロッコの民族統一主義者が掲げる領域。現在モロッコ政府はこの主張をしていないが、セウタ・メリリャ等スペインの飛地地域(プラサス・デ・ソベラニア)および西サハラの領有は主張している。 1956年、モロッコがフランスから独立した。 1958年、前年のイフニ戦争の結果、スペインからジュビー岬(英語版)を獲得した。 1960年、モーリタニアがフランスから独立した。イスティクラル党の アラル・アル・ファッシ(英語版)がこれに反対して「完全な解放」を主張した為に、国交を結ぶのに9年もかかった。 1963年、アルジェリアのフランスからの独立を受けて、モロッコは南西部のティンドゥフ県とベシャール県に対し、かつてモロッコの主権下にあった領域だとして侵攻した。同年、アフリカ統一機構が発足した。 1964年、砂戦争(英語版)が終結した。国境は動かず、モロッコはアルジェリアへの領土要求を放棄した。 1969年、大モロッコに含まれるモーリタニアを承認し、国交を結んだ。しかし、西サハラと北岸のプラサス・デ・ソベラニアの領土主張は続けた。 1975年、マドリード協定(英語版)が結ばれ、スペイン領サハラの西半分を獲得した。 1976年、西サハラを領土と主張する亡命政権のサハラ・アラブ民主共和国が発足した。 1984年、西サハラのアフリカ統一機構加盟を受けて、モロッコは脱退した。 2002年、アフリカ統一機構がアフリカ連合に発展解消したが、モロッコは非加盟を続けた。アフリカの国で非加盟なのはモロッコのみであった。同年、北岸から250mの位置に浮かぶ無人のスペイン領ペレヒル島を、モロッコが一時的に占領した。スペインは特殊作戦集団を派遣して奪還した[1]。 2016年、西サハラへの領土主張は続けるものの、アフリカ連合への加盟申請を行った[2]。 2017年、再加盟が承認された[3]。 脚注 ↑ Linnee, Susan (2002年7月23日). “Spain and Morocco agree to differ over Perejil”. The Independent (London). https://www.independent.co.uk/news/world/europe/spain-and-morocco-agree-to-differ-over-perejil-185424.html 2010年5月22日閲覧。 ↑ “Morocco Asks to Re-join African Union After 4 Decades”. Voice of America. 2016年9月24日閲覧。 ↑ モロッコの加盟承認=西サハラ問題で30年超対立-AU 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News - 2017年1月31日 関連項目 アフリカ分割 ベルリン会議 スペイン領モロッコ保護国 モロッコにおける植民地戦争の一覧 表話編歴民族統一主義アジア アラブ イスラエル イラン インド シリア 中国 朝鮮 間島 ティモール テュルク系民族 マラヤ モンゴル アフリカ ソマリア モーリタニア モロッコ 西サハラ ヨーロッパ アルバニア イタリア ギリシャ クロアチア スカンディナヴィア スペイン・ポルトガル セルビア チェコスロバキア ドイツ 東部領土 ハンガリー フィンランド ブルガリア マケドニア ルーマニア モルドバ ロシア 東スラヴ クリミア 南アメリカ ベネズエラ カテゴリ Related Articles