大久保黄斎

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大久保 黄斎(おおくぼ こうさい、文化9年(1812年) - 明治28年(1895年)6月3日[1])は、江戸時代医師。名は道理(みちまさ)。

甲斐国巨摩郡古市場村(現在の南アルプス市古市場)に、医家の初代大久保章言の次男として生まれる[2]。兄は甲斐における蘭方医学の祖とされる貞固(二代章言)[2]天保3年(1832年)に黄斎は江戸に出て蘭方医坪井誠軒の高弟となり医学を学び、後に甲府で開業する[2]

嘉永元年(1848年)に兄の二代章言が死去すると古市場村に帰郷し、分家して医業を継続した[2]。嘉永3年(1851年)には、甲斐国で初めて種痘を施行した[2]。84歳で死去。

世事記

脚注

参考文献

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