大仙市立稲沢小学校

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過去の名称 稲沢尋常小学校
稲沢国民学校
協和村立稲沢小学校
協和町立稲沢小学校
国公私立の別 公立学校
設置者 大仙市
設立年月日 1879年(前身)
1901年7月6日(独立開校)
大仙市立稲沢小学校
北緯39度36分56.35秒 東経140度26分13.07秒 / 北緯39.6156528度 東経140.4369639度 / 39.6156528; 140.4369639座標: 北緯39度36分56.35秒 東経140度26分13.07秒 / 北緯39.6156528度 東経140.4369639度 / 39.6156528; 140.4369639
過去の名称 稲沢尋常小学校
稲沢国民学校
協和村立稲沢小学校
協和町立稲沢小学校
国公私立の別 公立学校
設置者 大仙市
設立年月日 1879年(前身)
1901年7月6日(独立開校)
閉校年月日 2008年3月31日
共学・別学 男女共学
本校 大盛尋常小学校(1901年独立)
1889年 - 1901年
学期 2学期制
所在地 019-2521
秋田県大仙市協和稲沢字堤ヶ沢出口6番地
外部リンク 公式サイトWARPアーカイブ)
ウィキポータル 教育
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大仙市立稲沢小学校(だいせんしりつ いなざわしょうがっこう)は、かつて秋田県大仙市にあった公立小学校

稲沢小学校の起源は1879年明治12年)7月、当時の戸長・茂木源治が自費で教員を雇い教育を始めたことによる[1]1880年(明治13年)には邸内に校舎を設けた[2]

1889年(明治22年)4月1日に町村制が施行され、稲沢村は荒川村、境村、上淀川村と合併し荒川村が発足すると、当校は荒川鉱山にある大盛尋常小学校(のち協和町立大盛小学校)の分教室に位置付けられた[3]1901年(明治34年)7月6日、稲沢尋常小学校として大盛尋常小学校より独立[4]。これをもって当校の創立となった[4]。またこの時点での所在地は荒川村大字稲沢字堤ヶ沢出口1番地1[4]

1941年昭和16年)4月1日に国民学校令が施行され、校名を稲沢国民学校に改称[2]1944年(昭和19年)4月1日には高等科を開設した[2]。第二次世界大戦後の1947年(昭和22年)には学制改革が実施され、校名を荒川村立稲沢小学校に改称。同時に従来の高等科に相当する、荒川村立荒川中学校稲沢分校を併設した[5]1948年(昭和23年)1月にはPTAを発足した[6]

1955年(昭和30年)3月31日、昭和の大合併により荒川村は淀川村峰吉川村、河辺郡船岡村をもって協和村となり[7]、当校は協和村へ移管された。これに伴い校名を協和村立稲沢小学校に改称した[2]1957年(昭和32年)7月には堤ヶ沢出口6番地に新校舎を設け、中学校と分離した[2]

1959年(昭和34年)12月には体育館を落成した[8]。しかし1967年(昭和42年)1月20日に積雪により全壊したため、翌1968年(昭和43年)3月25日に工費811.1万円で再建した[8][2]。再建を記念し、同年7月23日には創立90周年記念式典と共に体育館竣工式を挙げた[2]

1969年(昭和44年)4月1日、協和村が町制を施行し協和町となり、校名を協和町立稲沢小学校に改称した[2]1971年(昭和46年)9月10日には音楽室を、1973年(昭和48年)8月3日にはプールをそれぞれ建設した[2]

1974年(昭和49年)3月3日、従来の校歌に代わる新校歌を制定した[2]

1977年(昭和52年)11月28日、「仙台TBC音楽コンクール」東北大会に秋田県代表として出場し、最優秀賞を受賞した[2][4]

1985年(昭和60年)6月、従来の校舎跡地に新校舎を建築着工[2]。同年12月25日より供用開始した[2]

2005年平成17年)3月22日、協和町ほか7市町村の合併により大仙市が発足し、校名を大仙市立稲沢小学校に改称した[2]

児童数の減少で生じた複式学級の解消のため、2008年(平成20年)3月31日をもって閉校し、大仙市立協和小学校へ統合された[9]。閉校に際し、2月28日には閉校記念式典を開催した[9]

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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