大伴子虫 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 奈良時代生誕 不明死没 不明官位 従八位下・左兵庫少属 凡例大伴 子虫時代 奈良時代生誕 不明死没 不明官位 従八位下・左兵庫少属主君 聖武天皇氏族 大伴氏テンプレートを表示 大伴 子虫(おおとも の こむし)は、奈良時代の官人。官位は従八位下・左兵庫少属。 当初、子虫は長屋王に仕えてその厚遇を受けていたが、神亀6年(729年)に発生した長屋王の変にて、中臣宮処東人からの誣告を受け、長屋王は自殺させられた。 天平10年(738年)子虫が左兵庫少属を務めていた際に、たまたま隣にある右兵庫寮の長官(右兵庫頭)の任にあった中臣宮処東人と政務の合間に囲碁に興じていたが、話題が長屋王に及ぶにあたり、子虫は憤りを発して東人を罵り始め、遂には抜刀して斬殺してしまった[1]。 脚注 ↑ 『続日本紀』天平10年7月10日条 参考文献 宇治谷孟『続日本紀 (上)』講談社学術文庫、1995年 宝賀寿男『古代氏族系譜集成』古代氏族研究会、1986年 登場する小説 杉本苑子『檀林皇后私譜』中公文庫、1981年 豊田有恒『長屋王横死事件』講談社、1992年、のち『講談社文庫』(1996年9月) 深谷忠記『迷界流転―「長屋王の変」異聞』中央公論社、1998年、のち『平城京殺人事件』と改題して中公文庫(2001年2月)、同題名で光文社文庫(2004年12月) Related Articles