大佐和町
日本の千葉県君津郡にあった町
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歴史
昭和の大合併で、当初は大貫町、佐貫町、富津町の3町合併案が取り上げられたが、合併の見通しがつかないまま、青堀町、君津町、飯野村、貞元村、周南村の5町村を加えた8町村合併案に発展した。しかし、この案は非現実的として、富津町、大貫町、佐貫町、青堀町、飯野村の5町村合併案が検討されることとなった。この案は8町村合併案より実現可能性が高いと考えられたが、関係町村間で意見が一致せず、その間に富津町、青堀町、飯野村の3町村合併が確定し、最終案として大貫町、佐貫町の2町合併案が決定した。
しかし、「佐貫町」の名称を存続すべしと主張する佐貫町側と、「大貫町」を主張する大貫町側との意見が対立し、佐貫町側から妥協案として「大佐貫町」案が提案されたが、大貫町側が同意せず、「大佐和町」とすることで一致した。
1955年2月9日、両町議会はいずれも満場一致で合併案を議決したが、その際附帯事項として「本合併の規模は、いまだ満足すべきではないと思われるので将来四隣町村[1]との協議により理想的大規模の合併を切に念願するものである」旨が議決されている。本町の新設はもともと暫定的であったことが窺える[2]。