大分女子短期大学 From Wikipedia, the free encyclopedia 大学設置/創立 1965年廃止 1986年学校種別 私立設置者 学校法人佐伯学園大分女子短期大学大学設置/創立 1965年廃止 1986年学校種別 私立設置者 学校法人佐伯学園本部所在地 大分県大分市大字政所字鶯ノ尾2606-2[注釈 1]学部 保育科 第一部 第三部[注 1]テンプレートを表示 大分女子短期大学(おおいたじょしたんきだいがく、英語: Oita Women's Junior College[1])は、大分県大分市大字政所字鶯ノ尾2606-2[注釈 1]に本部を置いていた日本の私立大学である。1965年に設置され、1986年に廃止された。 大学全体 大分県大分市に所在した日本の私立短期大学で、設置主体は学校法人佐伯学園[2]。 1965年に佐伯女子短期大学として大分県佐伯市内に開学されたが、キャンパス移転により1967年度より大分女子短期大学に改称された。学科数は第一部、第三部で各2学科。 1976年度の入学生を最後に[注釈 2]、短期大学としての使命を終える[5]。 教育および研究 保育者と栄養士の養成を執り行っていた。 学風および特色 昼間2交代制の第三部があった。 沿革 1955年 3月16日 左記を以て学校法人佐伯学園の設立が認可される[6]。 1965年 1月25日 左記を以て文部省[注 2]より短期大学の設置が認可される[7]。 4月1日 佐伯女子短期大学(さいきじょしたんきだいがく)として以下の学科体制にて開学する[8]。当初は佐伯市野岡に所在した。 家政科 入学定員80名[9] 5月1日 学生数[注 3]/定員 家政科 28[注釈 3]/80[12] 1966年 4月1日 以下の学科を増設する[注釈 4]。 保育科 入学定員50名 同 家政科を以下の通り専攻分離する[注釈 4]。 家政専攻 入学定員30名[注釈 5] 食物栄養専攻 入学定員50名[注釈 5] 5月1日 学生数[15]/定員 家政科 44[注釈 3]/160 保育科 108[注釈 3]/50 1967年 4月1日 入学定員増を以下の通り行う[注 4]。 家政科家政専攻 30[注釈 5]→100[注釈 6]。 保育科 50[注釈 5]→100[注釈 6] 5月1日 学生数[19]/定員 家政科 193[注釈 3]/230 保育科 110[注釈 3]/150 6月1日 大分女子短期大学に学名変更[17]。 1968年 4月1日 家政科の入学定員を以下の通り変更する[20]。 家政専攻 100[注釈 6]→50[注釈 7] 食物栄養専攻 50[注釈 6]→100[注釈 7] 5月1日 学生数[注 5]/定員 家政科 205[注釈 3]/300 保育科 110[注釈 3]/200 1970年 キャンパスを佐伯市から大分市に移転[24] 5月1日 学生数[25]/定員 家政科 129[注釈 3]/300 保育科 68[注釈 3]/200 1971年 5月1日 学生数[26]/定員 家政科 98[注釈 3]/300 保育科 39[注釈 3]/200 1972年 4月1日 家政科、保育科に各第三部を増設し、以下の学科とする[27]。 家政科 第一部 家政専攻 入学定員50名[注釈 8]→20名[注釈 9]名 食物栄養専攻 第三部 入学定員20名[注釈 9] 保育科 第一部 入学定員100名[注釈 8]→50名[注釈 9] 第三部 入学定員50名[注釈 9] 5月1日 学生数[注 6]/定員 家政科 29[注釈 3]/270 保育科 18[注釈 3]/150 1973年 4月1日 以下の学科について、この年度にて学生募集を最終とする[注 7] 家政科 第一部 第二部 5月1日 学生数[33]/定員 家政科 35[注釈 3]/240 保育科 50[注釈 3]/100 1975年 4月1日 学生募集を最終とする[注釈 2] 1975年 5月1日 学生数[34]/定員 家政科 第一部 -/- 第三部 -/20 保育科 第一部 40[注釈 3]/100 第三部 ?/150 1976年 5月1日 学生数[35]/定員 家政科 第一部 -/- 第三部 ?/150 保育科 第一部 ?[注釈 3]/100 第三部 10/100 1977年 5月1日 学生数[36]/定員 家政科 第一部 -/- 第三部 -/- 保育科 第一部 -/50 第三部 -/100 1978年 5月1日 学生数[37]/定員 家政科 第一部 -/- 第三部 -/- 保育科 第一部 -/- 第三部 -/50 1986年 12月23日 左記をもって正式に廃止となる[5]。 基礎データ 所在地 大分県大分市大字政所字鶯ノ尾2606-2[注釈 1] 象徴 大分女子短期大学のカレッジマークは梅の形がデザインされており、その中央に縦書きに「女大」(女子短大の略)と書かれたものとなっていた[24]。 教育および研究 組織 学科 家政科 第一部 家政専攻 入学定員20名[注釈 10] 食物専攻 入学定員100名[注釈 10] 第三部 入学定員20名[注釈 10] 保育科 第一部[注釈 11] 第三部[注釈 11] 専攻科 なし 別科 なし 取得資格について 保母資格[注 8]・幼稚園教諭二級免許状 保育科第一部・第三部[24] 中学校教諭二級免許状(家庭) 家政科第一部家政専攻・第三部[24] 栄養士資格:家政科第一部食物専攻[24] 研究 『大分女子短期大学研究紀要』[1] 大学関係者と組織 大学関係者一覧 対外関係 系列校 大分工業大学[43] 日本文理大学附属高等学校[注 9] 附属学校 付属ふたば幼稚園[44] 注釈 注釈グループ 1 2 3 大分工業大学(現・日本文理大学)に転用された後は、「大分県大分市一木1727」に地名番地変更されている 1 2 昭和52年度より学生募集停止[3][4]。 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 女のみ 1 2 出典[13] 1 2 3 4 出典[14] 1 2 3 4 出典[18] 1 2 出典[21] 1 2 出典[28] 1 2 3 4 出典[29] 1 2 3 最終募集となった1973年における体制[38][39]。 1 2 最終募集となった1976年においての入学定員は50名[40][41]。 補足 ↑ ほか学科も参照のこと。 ↑ 現在の文部科学省。 ↑ 出典[10][11] ↑ 出典[16][17] ↑ 出典[22][23] ↑ 出典[30]。なお三部の学生数に関しては記載がないため不明。 ↑ 昭和49年度より学生募集停止[31][32]。 ↑ 1966年2月15日をもって厚生省告示第66号より認可される[42]。 ↑ 当記事の短大が存続していた時分は、佐伯高等学校となっていた。 出典 1 2 大分女子短期大学研究紀要より。 ↑ 文部大臣所轄学校法人一覧 昭和60年版より。 ↑ 文部省大学局技術教育課'1977. ↑ 短期大学教育 (35)より。 1 2 文教協会'1987, p. 210. ↑ 学校法人名簿 昭和40年度より。 ↑ 日本私立短期大学協会短期大学広報委員会'1980, p. 424. ↑ 短期大学一覧 昭和40年度 (短期大学資料)より。 ↑ 事業年報 昭和39年度より。 ↑ 文部省'65, p. 39. ↑ 大分県学校要覧 昭和40年度より。 ↑ 短期大学教育 (19)より。 ↑ 短期大学一覧 昭和41年度 (短期大学資料)より。 ↑ 短期大学教育 (20)より。 ↑ 文部省'66, p. 43. ↑ 大学資料 (22)より。 1 2 短期大学一覧 昭和42年度 (短期大学資料)より。 ↑ 短期大学教育 (22)より。 ↑ 文部省'67, p. 44. ↑ 文部省学術局'1968. ↑ 短期大学教育 (24)より。 ↑ 文部省'68, p. 47. ↑ 大分県学校要覧 昭和43年度より。 1 2 3 4 5 晶文社'1974.4, p. 514. ↑ 文部省'70, p. 48. ↑ 文部省'71, p. 48. ↑ 文部省大学局技術教育課'1972. ↑ 短期大学教育 (29)より。 ↑ 短期大学教育 (30)より。 ↑ 文部省'72, p. 50. ↑ 文部省大学局技術教育課'1974. ↑ 短期大学教育 (32)より。 ↑ 文部省'73, p. 51. ↑ 文部省'75, p. 56. ↑ 文部省'76, p. 55. ↑ 文部省'77, p. 55. ↑ 全国学校総覧 昭和54年版より。 ↑ 短期大学教育 (31)より。 ↑ 文部省大学局技術教育課'1973. ↑ 短期大学教育 (34)より。 ↑ 文部省大学局技術教育課'1976. ↑ 現行法令輯覧 10巻 社会1より。 ↑ 全国大学一覧 昭和42年度より。 ↑ 全国学校総覧 昭和58年版より。 参考文献 全国学校総覧 文部省調査局統計課『全国学校総覧 昭和41年版』東京教育研究所。https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000001-I14111100138658。 文部省調査局統計課『全国学校総覧 昭和42年版』東京教育研究所。https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000001-I14111100138660。 文部省調査局統計課『全国学校総覧 昭和43年版』東京教育研究所。https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000001-I14111100138662。 文部省調査局統計課『全国学校総覧 昭和44年版』東京教育研究所。https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000001-I14111100138664。 文部省『全国学校総覧 昭和46年版』東京教育研究所。https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000001-I14111100138668。 文部省『全国学校総覧 昭和47年版』東京教育研究所。https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000001-I14111100138672。 文部省『全国学校総覧 昭和48年版』東京教育研究所。https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000001-I14111100138676。 文部省『全国学校総覧 昭和49年版』東京教育研究所。https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000001-I14111100138678。 文部省『全国学校総覧 昭和51年版』東京教育研究所。https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000001-I14111100391813。 文部省『全国学校総覧 昭和52年版』原書房。https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I028943016。 文部省『全国学校総覧 昭和53年版』東京教育研究所。https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001337181。 全国短期大学高等専門学校一覧 文部省『短期大学一覧 昭和43年度』文部省大学学術局技術教育課。https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000001-I38111100429418。 文部省『短期大学一覧 昭和47年度 (短期大学資料)』文部省大学局技術教育課。https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000001-I2612110386565。 文部省『短期大学一覧 昭和48年度 (短期大学資料)』文部省大学局技術教育課。https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000039-I12753973。 文部省『短期大学一覧 昭和49年度 (短期大学資料)』文部省大学局技術教育課。https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000001-I2612110386565。 文部省『短期大学一覧 昭和50年度 (短期大学資料)』文部省大学局技術教育課。https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000039-I12869477。 文部省『短期大学一覧 昭和51年度 (短期大学資料)』文部省大学局技術教育課。https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001320858。 文部省『短期大学一覧 昭和52年度 (短期大学資料)』文部省大学局技術教育課。https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001320859。 { 文部省『全国短期大学・高等専門学校一覧 昭和62年度』文教協会。https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000048743-i7433407。 日本の私立短期大学 日本私立短期大学協会短期大学広報委員会『日本の私立短期大学』日本私立短期大学協会短期大学広報委員会。https://dl.ndl.go.jp/pid/12241382/1/222。 短期大学受験案内(晶文社) 晶文社編集部 編『全国短期大学受験案内 昭和50年度用』晶文社。https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000004349910。 関連項目 三部 廃止された日本の短期大学一覧 外部リンク 大分女子短期大学関連論文 この項目は、短期大学に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:教育/PJ大学)。表示編集 典拠管理データベース VIAF Related Articles