大境洞窟住居跡

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種類洞窟遺跡
所在地富山県氷見市大境
座標北緯36度55分22.0秒 東経137度1分48.8秒 / 北緯36.922778度 東経137.030222度 / 36.922778; 137.030222座標: 北緯36度55分22.0秒 東経137度1分48.8秒 / 北緯36.922778度 東経137.030222度 / 36.922778; 137.030222
大境洞窟住居跡
大境洞窟住居跡
種類洞窟遺跡
所在地富山県氷見市大境
座標北緯36度55分22.0秒 東経137度1分48.8秒 / 北緯36.922778度 東経137.030222度 / 36.922778; 137.030222座標: 北緯36度55分22.0秒 東経137度1分48.8秒 / 北緯36.922778度 東経137.030222度 / 36.922778; 137.030222

大境洞窟住居跡(おおざかいどうくつじゅうきょあと)は、富山県氷見市大境にある洞窟遺跡である。国の史跡に指定[1]されている。6つの文化層を持つ縄文時代中期から中世複合遺跡である[2]

大境洞窟住居跡

この住居跡は、氷見市大境漁港の近くにある白山神社裏手の洞窟内にあり、1918年(大正7年)に社殿を改築しようとしたところ、骨や土器が出土した。その後、東京大学人類学研究室の柴田常恵らによって詳しい調査が行われ、縄文時代から中世にかけての土器陶磁器や人骨、獣の骨が出土した。この時に実施された調査は、日本初の洞窟遺跡の発掘調査であるとともに、本格的な層位学的発掘調査の嚆矢となるものであった[3]

脚注

関連項目

外部リンク

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