大宮時元
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経歴
出雲国人・佐波元連の子であったが、大宮官務家の大宮長興の子息である大宮寔包が早世したためか[1]、時元は長興の養子となった。
文明9年(1477年)従五位下に叙爵。文明12年(1480年)大蔵少輔に任ぜられた際、頼敏から時元に改名する。のち、文明18年(1486年)従五位上、延徳3年(1491年)正五位下、明応3年(1494年)正月に正五位上と昇進し、同年12月に養父の長興の後押しを受けて、壬生官務家の壬生雅久に代わって官務となった。
その後は、官務を務めながら、明応5年(1496年)従四位下、永正13年(1516年)正四位下と昇進、明応10年(1501年)には算博士を兼ねる。明応8年(1499年)に養父の長興が没したのちも、壬生家を抑えて20年以上の長きに亘って官務の地位を守った。