大崎隆雄

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国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1942-04-24) 1942年4月24日(82歳)
身長
体重
182 cm
75 kg
大崎 隆雄
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 京都府京都市
生年月日 (1942-04-24) 1942年4月24日(82歳)
身長
体重
182 cm
75 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1961年
初出場 1961年4月8日
最終出場 1965年
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

大崎 隆雄(おおさき たかお、1942年4月24日 - )は、京都府京都市[1]出身の元プロ野球選手

平安高校では、坂本昭三郎投手との二本柱で1960年の甲子園に春夏連続出場。春の選抜は1回戦で静岡高を降し、2回戦で初先発を果たすが、山口富士雄のいた高松商に敗退。高松商はこの大会で優勝する[2]夏の甲子園府予選準決勝で東山高を相手に延長10回ノーヒットノーランを達成。夏の選手権では1回戦で金沢市工に完封勝利。2回戦はリリーフに回り、鹿島高宮崎昭二投手と投げ合うが、自らの暴投で9回裏サヨナラ負けを喫する[3]。1年下のチームメートに林健造がいた。

1961年大洋ホエールズへ入団[1]。同年の開幕戦となった4月8日広島カープ戦では、7-7の同点となった8回から4番手として登板。3回を無失点で抑え、10回にチームがサヨナラ勝ちしたため、大崎は史上6人目となる新人投手開幕戦勝利を記録した[4]。この年は24試合に先発し、2完封を含む4勝を挙げたが、敗戦も二桁となる10敗を記録した。

1963年は3完封を記録するも、勝利はこの完封した3勝のみに留まった。同年6月15日の広島戦では先発として登板も、1回に先頭打者の大和田明をカウント1-3から歩かせた5球だけで、三原脩監督に交代を命じられ降板している[5]

1965年近鉄バファローズへ移籍し、同年限りで引退した。

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
1961 大洋 5224320410----.286672156.112878637937160522.981.37
1962 6200000----.000356.0130500300669.003.00
1963 321533037----.30033679.06944811534031242.731.48
1964 9300011----.50010625.0264700111011103.601.32
1965 近鉄 1000000----.00081.0401000004327.005.00
通算:5年 10044650818----.3081157267.12401514748160121112953.201.45

背番号

  • 19 (1961年 - 1964年)
  • 27 (1965年)

脚注

関連項目

外部リンク

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