大崎高兼 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 戦国時代生誕 不明死没 享禄3年(1530年)改名 彦三郎(幼名)、高兼 凡例大崎 高兼時代 戦国時代生誕 不明死没 享禄3年(1530年)改名 彦三郎(幼名)、高兼幕府 室町幕府奥州探題氏族 大崎氏父母 父:大崎義兼、母:不詳兄弟 高兼、義直、高清水直堅、黒川晴氏正室子 梅香姫テンプレートを表示 大崎 高兼(おおさき たかかね)は、戦国時代の大名。室町幕府奥州探題。大崎氏10代当主。 9代当主・大崎義兼の長男として誕生。幼名は彦三郎。室町幕府11代将軍・足利義澄がまだ「義高」と名乗っていた頃(明応2年(1493年)~文亀2年(1502年))に元服し、偏諱(「高」の字)の授与を受けて高兼に改名する。このことから生誕したのはおおよそ1480~90年代の間のことと推測される。 享禄2年(1529年)に父が死去したため、その跡を継いで当主となる。しかし翌年、家督から僅か1年で死去した。 子は娘の梅香姫(のち大崎義宣正室)のみで跡継ぎの男子がいなかったため、弟・義直が跡を継いだ。 参考文献 阿部猛ほか編『戦国人名事典』(新人物往来社、1987年) Related Articles