大川橋蔵 From Wikipedia, the free encyclopedia 大川 橋蔵(おおかわ はしぞう、旧字体:橋藏)は歌舞伎役者の名跡。屋号は玉屋。 初代 大川橋蔵(尾上菊五郎 (3代目)) 初代尾上松緑の養子、1784–1849。いったん引退した三代目菊五郎が舞台復帰に際して用いた名跡。 尾上新三郎(音羽屋)→ 初代尾上榮三郎(音羽屋)→ 二代目尾上松助(音羽屋)→ 三代目尾上梅幸(音羽屋)→ 三代目尾上菊五郎(音羽屋)→ 菊屋萬平(引退後) → 初代大川橋蔵(舞台復帰後) 二代目 大川橋蔵(大川橋蔵 (2代目)) はじめ三代目市川左團次の門弟、のちに六代目尾上菊五郎の妻の養子、1929–84。映画やテレビの時代劇役者として大成。 市川男女丸 → 二代目大川橋蔵 このページは人名(人物)の曖昧さ回避のためのページです。同名の人物に関する複数の記事の水先案内のために、同じ人名を持つ人物を一覧にしてあります。お探しの人物の記事を選んでください。このページへリンクしているページを見つけたら、リンクを適切な項目に張り替えてください。 Related Articles