群馬県佐波郡赤堀村(現・伊勢崎市)に生まれる[2][3][4]。郷里で小学校の教員を勤めたのち、20歳の時に上京[4]。
1932年から雄二を名乗る。1919年「こども雑誌」の編集者となる[1]。「少年雑誌」「金の星」などに童話を発表した[2]。1927年(昭和2年)童話作家協会に入会し、幹事を務める[2]。1928年(昭和3年)プロレタリア系の新興童話作家連盟の結成に参加[1][2][3]。反戦童話「可愛い敵め」を発表する[2]。1932年(昭和7年)右翼的な日本文化連盟を結成、戦時中はファシズム作家であった[5]。
戦後も童話作家として活躍。1955年(昭和30年)日本児童文芸家協会に所属[3][4]。