大木雄二

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大木 雄二(おおき ゆうじ、1895年明治28年〉5月7日[1] - 1963年昭和38年〉7月21日[1])は、日本の歌人児童文学者。本名・大木 雄三[1][2][3]

群馬県佐波郡赤堀村(現・伊勢崎市)に生まれる[2][3][4]。郷里で小学校の教員を勤めたのち、20歳の時に上京[4]

1932年から雄二を名乗る。1919年「こども雑誌」の編集者となる[1]。「少年雑誌」「金の星」などに童話を発表した[2]。1927年(昭和2年)童話作家協会に入会し、幹事を務める[2]。1928年(昭和3年)プロレタリア系の新興童話作家連盟の結成に参加[1][2][3]。反戦童話「可愛い敵め」を発表する[2]。1932年(昭和7年)右翼的な日本文化連盟を結成、戦時中はファシズム作家であった[5]

戦後も童話作家として活躍。1955年(昭和30年)日本児童文芸家協会に所属[3][4]

著書

脚注

関連項目

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