大東旭

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本名 大東 旭(おおひがし あきら)
生年月日 (1970-04-10) 1970年4月10日(55歳)
出身地 大阪府
国籍 日本の旗 日本
大東 旭
本名 大東 旭(おおひがし あきら)
生年月日 (1970-04-10) 1970年4月10日(55歳)
出身地 大阪府
国籍 日本の旗 日本
身長 173 cm (5 ft 8 in)
体重 スーパーウェルター級
リーチ 173 cm (68 in)
スタイル オーソドックス
現役期間 1988年 -
キックボクシング記録
試合数3
勝利0
ノックアウト0
敗戦3
ノックアウト2
プロボクシング記録
試合数50
勝利39
ノックアウト27
敗戦8
ノックアウト2
引き分け3
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大東 旭(おおひがし あきら、1970年4月10日 - )は、日本の元プロボクサーK-1ファイター。大阪府出身。ボクサー時代は大鵬ボクシングジム所属。第21代、第23代日本スーパーウェルター級王座。K-1ではチーム・クラウド所属。 息子は吉本興業所属のお笑いコンビダブルヒガシ」の大東翔生[1]

ボクサー時代

母子家庭出身。1988年4月25日、18歳の高校3年生でリングネーム大東旭としてプロデビュー。

1991年9月22日、日本ジュニアミドル級王者上山仁に挑戦し、9回KO負けで王座獲得に失敗した。

1993年2月10日、日本ウェルター級王座決定戦で佐藤仁徳と対戦し、6回KO負けで王座獲得に失敗した。

1994年5月9日、日本ジュニアミドル級王者上山仁に再挑戦し、8回TKO負けで王座獲得に失敗した。

1995年8月14日の後楽園ホールでのダイヤモンドグローブ、上山の引退に伴い返上された日本ジュニアミドル級王座を上山のジムの後輩伊藤辰史と争い、判定負けで王座獲得に失敗した。

1996年2月11日、チャンピオン・カーニバルの一環である日本ジュニアミドル級タイトルマッチで伊藤辰史と再戦し、8回KO勝ち。5度目の挑戦で王座を獲得した。

1996年6月11日、初防衛戦でビニー・マーチンと対戦し、判定負けで王座から陥落した。

1996年12月3日、日本ジュニアミドル級タイトルマッチでビニー・マーチンと再戦し、4回KO勝ちで王座を再獲得した。

その後、10度の防衛に成功した(伊藤辰史からも3度防衛した)。WBC世界スーパーウェルター級5位、WBA世界スーパーウェルター級8位にもランクされた。金山俊治戦を最後に日本王座返上。

2001年ハビエル・カスティリェホの持つWBC世界スーパーウェルター級王座への挑戦が決まったが、オスカー・デ・ラ・ホーヤに挑戦権を奪われ、王座挑戦は立ち消えとなった。

その後、ノンタイトルを戦い続け無敗記録を24試合(22勝2分け)まで伸ばすが、2003年9月26日、後のWBA世界スーパーウェルター級暫定王者石田順裕に判定負けで記録が止まった。

12月、サイシーレック・チョーチャンタヤカーン相手に引退試合を行い、プロボクシング界から引退。

K-1時代

ボクシングに自分の全てを捧げていたため、引退後生きがいを失ってしまう(「燃え尽き症候群」)。同時期に母親が死去したこともあって、しばらくの間酒浸りの自堕落な生活を送った。

しかし、秋山成勲に打撃の指導を行ったことがきっかけとなり、2005年3月からキックの練習を開始し、かねてから興味を持っていたK-1に転向することを決意。9月2日、K-1転向が発表され[2]、酒太りした83kgの体から、およそ1か月でK-1 MAX規定体重である70kgにまで減量した。

2005年10月12日、K-1 WORLD MAXでアルバート・クラウスと対戦。試合では、ボクシングシューズを履いて試合に臨み(K-1公式ルールではシューズ着用は任意だが、着用したら蹴り技の使用が禁止される)、序盤は持ち前のパンチで相手を追い込む場面も見られたが、ローキックを何発も当てられKO負けとなった。

2005年11月、西日本ボクシング協会は「K-1や総合格闘技等に出場するボクサーは、引退後のセコンド、トレーナーライセンス、ジム設立の許可を一切剥奪する」との宣言を発表し、ボクシング界から半ば追放の身となってしまう。

2005年12月31日、K-1 PREMIUM 2005 Dynamite!!魔裟斗と対戦。急なオファーだったせいもあってか(計量までに契約体重に落とせなかった)、いいところが出ずにローキックでKO負けを喫した。

2006年2月4日、K-1 WORLD MAX 2006 〜日本代表決定トーナメント〜に出場し、総合格闘家の上山龍紀と対戦するも、上山のトリッキーな戦法に翻弄され、判定負けを喫した。

2006年5月26日、シュートボクシング興行で緒形健一と対戦予定であったが、拳の負傷により欠場となった[3]


戦績

  • プロボクシング:50戦39勝(27KO)8敗3分
日付 勝敗 時間 内容 対戦相手 国籍 備考
11988年4月25日3RTKO重田由起久(風間)日本の旗 日本プロデビュー戦
21988年6月16日4R判定入江潤(千里馬神戸日本の旗 日本
31988年7月27日4R判定梶間修次(進次)日本の旗 日本
41988年8月29日6R判定 0-3岩崎勇(クラトキ)日本の旗 日本
51988年12月30日4R判定竹田益朗(陽光アダチ)日本の旗 日本
61989年9月29日4R判定江沢慶(JA加古川)日本の旗 日本
71989年11月6日1RKO小田岳史(アポロ)日本の旗 日本
81990年1月29日2RTKO元井成典(大星)日本の旗 日本
91990年6月28日8RKO金並英男(フォーラムS)日本の旗 日本
101990年12月12日2RTKO柏原二郎(木下)日本の旗 日本
111991年6月27日3RTKO元井成典(大星)日本の旗 日本
121991年9月22日9RKO上山仁(新日本木村)日本の旗 日本日本スーパーウェルター級タイトルマッチ
131992年4月24日6RKOモン・デソロックフィリピンの旗 フィリピン
141992年10月18日10R判定1-1西條岳人(サカエ)日本の旗 日本
151992年11月18日3RTKO神風鷹志(新日本大阪)日本の旗 日本
161993年2月10日6RTKO佐藤仁徳(仙台)日本の旗 日本日本ウェルター級王座決定戦
171993年5月18日10R判定3-0タイガー・フキ日本の旗 日本
181994年5月9日8RTKO上山仁(新日本木村)日本の旗 日本日本スーパーウェルター級タイトルマッチ
191995年1月10日6R判定2-1マーロン・チニリアフィリピンの旗 フィリピン
201995年5月9日1RKOノリ・デ・キアフィリピンの旗 フィリピン
211995年8月14日10R判定0-2伊藤辰史(新日本大阪)日本の旗 日本日本スーパーウェルター級タイトルマッチ
221995年11月14日2RKOアーニー・インダットフィリピンの旗 フィリピン
231996年3月11日8RKO伊藤辰史(新日本大阪)日本の旗 日本日本スーパーウェルター級タイトルマッチ
241996年6月11日10R判定0-3ビニー・マーチン(角海老宝石ガーナの旗 ガーナ日本王座陥落
251996年7月17日8RKOフラッシュ・ウルススフィリピンの旗 フィリピン
261996年12月3日4RKOビニー・マーチン(角海老宝石ガーナの旗 ガーナ日本スーパーウェルター級タイトルマッチ
271997年1月21日10R判定2-1笹脇敦詞(カワイ)日本の旗 日本日本王座防衛1
281997年6月2日3RKO高浪隆徳(明石)日本の旗 日本日本王座防衛2
291997年6月30日10R判定2-0伊藤辰史(新日本大阪)日本の旗 日本日本王座防衛3
301997年11月18日2RKO佐藤克俊(泉北)日本の旗 日本日本王座防衛4
311997年12月15日4RKO高浪隆徳(明石)日本の旗 日本日本王座防衛5
321998年2月3日10R判定 0-1伊藤辰史(新日本大阪)日本の旗 日本日本王座防衛6
331998年5月13日10R判定3-0坂口雄教(森岡)日本の旗 日本日本王座防衛7
341998年8月24日10R判定2-0伊藤辰史(新日本大阪)日本の旗 日本日本王座防衛8
351998年12月14日8RTKO樽井保英(輪島功一S)日本の旗 日本日本王座防衛9
361999年2月15日10R判定2-1金山俊治ヨネクラ日本の旗 日本日本王座防衛10
371999年4月26日9RTKOソン・グクヨル大韓民国の旗 韓国
381999年8月9日2RKOフローレンス・ガリシアフィリピンの旗 フィリピン
391999年12月20日10R判定2-0ユン・ソクヒョン大韓民国の旗 韓国
402000年4月10日2RKOノリ・デキアフィリピンの旗 フィリピン
412000年7月18日3RKOオ・ビョンチョル大韓民国の旗 韓国
422001年7月6日2RKOサッケダーオ・キャットフトーンタイ王国の旗 タイ
432001年9月3日10R判定3-0浅野寛(関博之)日本の旗 日本
442001年12月30日8R負傷判定1-1ソン・グクヨル大韓民国の旗 韓国OPBF東洋太平洋スーパーウェルター級暫定王座決定戦
452002年4月20日4RKOキム・スンヨプ大韓民国の旗 韓国
462002年8月2日2RKOローランド・プリトスフィリピンの旗 フィリピン
472002年12月9日9RTKOパク・ソンギェ大韓民国の旗 韓国
482003年4月14日4RKOセサール・ヤルテフィリピンの旗 フィリピン
492003年9月26日10R判定0-3石田順裕(金沢)日本の旗 日本
502003年12月8日5RTKOサッケダーオ・キャットフトーンタイ王国の旗 タイ
テンプレート

キックボクシング

  • プロキックボクシング:6戦0勝(0KO)3敗
勝敗 対戦相手 試合結果 大会名 開催年月日
×上山龍紀3R終了 判定0-3K-1 WORLD MAX 2006 〜日本代表決定トーナメント〜
【1回戦】
2006年2月4日
×魔裟斗2R 1:58 TKO(右ローキック)K-1 PREMIUM 2005 Dynamite!!2005年12月31日
×アルバート・クラウス2R 1:31 KO(右ローキック)K-1 WORLD MAX 2005 〜世界王者対抗戦〜2005年10月12日

獲得タイトル

脚注

関連項目

外部リンク

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