大橋太郎
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生誕
1948年
東京都
東京都
職業
編集者、技術ジャーナリスト、ライター
団体
電波新聞社、さくらインターネット(KidsVenture顧問)
著名な実績
『ラジオの製作』『マイコンBASICマガジン』『電子工作マガジン』
おおはし たろう 大橋 太郎 | |
|---|---|
| 生誕 |
1948年 東京都 |
| 職業 | 編集者、技術ジャーナリスト、ライター |
| 団体 | 電波新聞社、さくらインターネット(KidsVenture顧問) |
| 著名な実績 | 『ラジオの製作』『マイコンBASICマガジン』『電子工作マガジン』 |
| 代表作 | 電子工作マガジン、マイコンBASICマガジン |
大橋 太郎(おおはし たろう、1948年 - )は、日本の編集者、技術ジャーナリスト。電波新聞社の編集者として『ラジオの製作』『マイコンBASICマガジン』『電子工作マガジン』などに携わり、日本の電子工作・プログラミング文化の形成に貢献した。現在は「電波新聞」特任ライターとしても活動し、プログラミング教育団体「KidsVenture」の顧問なども務めている。[1]
『ラジオの製作』『マイコンBASICマガジン』(ベーマガ)などを通じ、電子工作・BCL・アマチュア無線・プログラミングの普及に尽力した編集者。『マイコンBASICマガジン』では投稿プログラム文化を確立し、後のゲーム開発者・技術者を多数輩出した。2010年代には『電子工作マガジン』編集長として、IchigoJam などを用いた教育的な誌面作りを推進した。
略歴
- 1948年 - 東京都に生まれる。
- 1971年 - 電波新聞社入社。『Hamライフ』編集部に所属。休刊後、『ラジオの製作』編集部に移る。
- 1970年代 - BCL特集、アマチュア無線・電子工作記事などを担当し、若年層への電子ホビー普及に貢献。
- 1982年 - 『マイコンBASICマガジン』創刊。初代編集長を務め、投稿プログラム文化を確立。
- 1990年代末 - 社命により出版部門責任者を後進に譲り、先端電子技術専門記者として電波新聞記者に転身。
- 2008年 - 『電子工作マガジン』創刊。創刊時は編集顧問として誌面作りに関与。[2]
- 2013年(No.18 春号) - 編集長も兼任。以後は、こどもパソコンIchigoJam等を取り入れたプログラミング教育・普及などを強めた誌面作りを推進。
- 2020年頃 - 編集長職を後進へ引き継ぎ、電波新聞社を勇退。「電波新聞」特任ライターとして活動。
- 2016年 - さくらインターネットおよび福野泰介らと共に、プログラミング教育団体「KidsVenture」の立ち上げ支援を行う。[3]
- 本人の note アカウント「super_deer9972」にて、編集活動の詳細や当時の回想を公開している。[4]
主な編集・出版活動
『ラジオの製作』
戦後の電子工作文化を牽引した雑誌。大橋は編集部員としてBCL特集、アマチュア無線、半導体応用工作など幅広い分野を担当し、電子工作の裾野を広げることに寄与した。
『マイコンBASICマガジン』
1982年創刊。初代編集長として誌面の基礎を築き、投稿ゲームを中心とした読者参加型プログラミング文化を確立した。1990年代に編集長職を後進に譲った後も、出版部統括として関わり続けた。[5]
『電子工作マガジン』
2008年創刊。創刊時は編集顧問、2013年より編集長。IchigoJam、Arduino、Raspberry Pi 等を積極的に採用し、教育向け電子工作・STEM普及に寄与。2020年頃に編集長職を後進に引き継いだ。[2]