大渓区
From Wikipedia, the free encyclopedia
地理
歴史
大渓区は古くは「大姑陥」と称されていた。これはタイヤル族の言語で「大水」を表す言葉である。乾隆年間、漳州からの入植者が大漢渓を遡りこの地にいたり開墾を開始した。漢人にとり「陥」という字が不吉であり、また地形が窪地になっていることから「崁」の文字を使用するようになり「大姑崁」と称されるようになった。同治初年この地方出身の李金興、李騰芳、為彰顕などが科挙で優秀な成績を修めたことから「大科崁」と改称された。光緒年間には巡撫劉銘伝はこの地に撫墾総局を設置し、「大科崁」を「大嵙崁」と改めた。その後日本統治時代の1920年、地勢に因み「大渓」と改称され[1]現在に至っている。

行政区
| 地区 | 里 |
|---|---|
| 河東 | 一心里、月眉里、永福里、康安里、福仁里、義和里、興和里、一徳里、田心里、美華里、復興里、福安里、新峰里 |
| 河西 | 三元里、仁文里、仁武里、仁愛里、光明里、員林里、瑞興里、中新里、仁和里、仁善里、仁美里、仁義里、南興里、瑞源里、僑愛里 |
歴代区長
教育
大学
技術学院
高級中学
- 私立至善高級中学
- 市立大渓高級中学(旧称、大漢国民中学)
国民中学
- 桃園市立大渓国民中学
- 桃園市立仁和国民中学
国民小学
|
|
|
交通
観光
出身者
- 鳳飛飛(歌手、故人)




