「戦後にも静岡市には災害がなかったわけではない。静岡駅前の地下街でガス爆発、なんていうとんでもない大事故があり、幾人かの人がなくなった。地下街だからガスは充満してしまうのでたいへんだった。このとき対応に出たガス会社の人物が高校のとき[5]のぼくの親友の大石司朗だった。ぼくは東京にいたからテレビでチョットその姿を見ただけだけれど、かれは冷静沈着にことにあたり、だれにもなっとくのいく対応をしたといわれている。その対応のよさが評価されたという。かれは高校生のときからなかなかの人物だったから、そのとおりだっただろう。かれは企業人として、その後もずっと信頼される仕事をして静岡ガスの社長、会長にもなった。」ー『私の方丈記』三木卓