大蔵家主 From Wikipedia, the free encyclopedia 大蔵 家主(おおくら の やかぬし、生没年不詳)は、奈良時代の人物。姓は忌寸。官位は外従五位下・皇后宮職大属。 皇后宮職の官人として光明皇后に仕えた。天平6年(734年)8月に皇后宮職少属従八位上として同職移に署し、翌天平7年(735年)7月も同様に署している。天平10年(738年)11月に同大属・従七位上として同職牒に署し、天平11年(739年)4月にも大般若経奉請状に署し、同年8月にも同様に同職移に署している。 それからしばらく記録が途絶えるが、天平勝宝9歳(757年)聖武上皇の一周忌に、食三田次・川原凡・益田縄手・土師犬養・土師弟勝・上毛野真人とともに正六位上から外従五位下に昇叙している。 官歴 注記のないものは『続日本紀』による 天平6年(734年)8月:見従八位上・皇后宮職少属[1] 天平7年(735年)7月:見従八位上・皇后宮職少属[2] 天平10年(738年)11月:見従七位上・皇后宮職大属[3][4] 天平11年(739年)4月:見従七位上・皇后宮職大属[5]。8月:見従七位上・皇后宮職大属[6] 時期不詳:正六位上 天平勝宝9歳(757年)5月20日:外従五位下 脚注 [脚注の使い方] ↑ 『大日本古文書』巻一 - 585 頁・586頁 ↑ 『大日本古文書』巻一 - 628頁 ↑ 『大日本古文書』巻二 - 101頁 ↑ 『大日本古文書』巻七 - 192頁 ↑ 『大日本古文書』巻七 - 254頁 ↑ 『大日本古文書』巻二 - 181頁 参考文献 『続日本紀 3(新日本古典文学大系 14)』岩波書店、1992年 宇治谷孟訳『続日本紀(中)』講談社〈講談社学術文庫〉、1992年 竹内理三、山田英雄、平野邦雄編『日本古代人名辞典 2』330頁、吉川弘文館、1959年 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。表示編集 Related Articles~TimelinesTop QsFact Checks