大蔵平三
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岡山県出身[1]。医師・大野意俊の二男として生まれる。幼名は岡之介[3]。大蔵建安の養子となる[1]。開成所中退を経て、1872年(明治5年)、陸軍訳官(フランス語)となり、兵学寮12等出仕、同11等出仕、同10等出仕と昇進し、1875年(明治11年)8月、陸軍少尉に任官[1][4]。1877年4月から9月まで西南戦争に出征し、1882年(明治15年)4月、陸軍騎兵大尉に昇進[1]。陸軍大学校教授、参謀本部第2局員、陸大教官、騎兵第1大隊長を歴任[1][4]。
1892年(明治25年)11月、陸軍省軍務局馬政課長となり、兼軍馬補充部本部長、騎兵課長、騎兵監などを経て、1898年(明治31年)3月、陸軍少将に進級[1][4]。軍馬補充部本部長を勤め、1904年(明治37年)10月、陸軍中将となり、1906年(明治39年)2月、休職[1][2][4]。1911年春に胃癌に罹患し、療養していたが経過が良くなかったため[5]6月に待命となり、同年8月に死去した[1][4]。