大谷重政

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大谷 重政(おおたに しげまさ)は、安土桃山時代から江戸時代前期にかけての武士越前福井藩松平忠昌家臣。

大谷吉継の孫と称した(重政の父である大谷泰重が、大谷吉継の三男とされる)。

華頂要略』では鳥居小路経孝の子で青蓮院門跡防官大谷泰珍の養孫とされる。大谷吉継を泰珍の子とする説では、吉継の兄 大谷泰増の子とされる。子に大谷重照

福井藩『諸士先祖之記』によると、寛永3年(1626年)に松平忠昌に仕官して1800石を知行し、家老を輩出する高知家の大谷丹下家の祖となった、大谷助六 重政の系譜は下記の通りである[1]

大谷治部大輔 泰珍
大谷刑部少輔 吉継
→大谷治部卿 泰重
→大谷助六 重政

重政の生まれは山城国。幼名を助六郎。別名を宇佐美修理。

華頂要略』では鳥居小路経孝の孫とされる。大谷吉継を泰珍の子とする説では吉継の伯父大谷泰増の子とされる。

貞享元年(1684年)6月3日死去。

子孫

関連人物

脚注

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