大道教
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大和国生駒郡安堵村(現・奈良県安堵町)の飯田岩治郎は1863年(文久3年)、6歳の折に天理教教祖中山みきに腹痛を助けられ、信仰の道に入る。さらに中山みきから飯田家の井戸水を用いた病気だすけの特別の力をさづけられる(水のさづけ)。 飯田家は「お水屋敷」として近隣住民に知られるようになり、「水のさづけ」を取り次ぎ人々を助けるようになる。岩治郎が講元となって積善講が決成され、1892年(明治25年)には平安支教会に昇格する。 1894年(明治27年)に激しい腹痛に襲われた岩治郎は初めて神がかりを経験し、1896年(明治29年)には亡き中山みきの霊が枕元に現れ、神からの「おさしづ」を授かるといった経験をした。 天理教教会本部からの使者に対し、教会改革の天啓を取り次ぐようになり、教会本部本席の飯降伊蔵は神の「おさしづ」に基づき、1897年(明治30年)に岩治郎とお水屋敷を破門にした。平安支教会の教師・信者の大半は岩治郎のもとに残留し、岩治郎は教派神道の神道大成教の教師となった。
