大野直之
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大野 直之(おおの なおゆき 生没年不詳)は戦国時代の武将。隼人・上総介・右衛門大夫とも称した。
父は伊予国の武将・大野利直。河野家臣の浮穴郡大除城主大野直昌の弟にあたる。他の兄に友直、隆直など。
地蔵ヶ嶽城(大洲城)主・宇都宮豊綱の娘婿となり、豊綱が永禄11年(1568年)に毛利氏の援軍を受けた河野氏との鳥坂峠の合戦にて大敗を喫して没落した後に地蔵ヶ嶽城主となった。たびたび主家に背き兄や主家の軍と戦いを繰り返した。
1585年に豊臣秀吉による四国攻めが始まると、侵攻してきた小早川隆景軍に敗れ去り、長宗我部氏を頼るべく土佐国へ南下中、山鳥坂村で追手の手にかかり落命したと伝わる。墓は廃校になった岩谷小学校のすぐ近くにある。