大野神社 (栗東市)

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所在地 滋賀県栗東市荒張896
位置 北緯34度59分23.9秒 東経136度01分20.3秒 / 北緯34.989972度 東経136.022306度 / 34.989972; 136.022306 (大野神社 (栗東市))座標: 北緯34度59分23.9秒 東経136度01分20.3秒 / 北緯34.989972度 東経136.022306度 / 34.989972; 136.022306 (大野神社 (栗東市))
主祭神 菅原道真
大野神社
大野神社 - 滋賀県栗東市
鳥居
所在地 滋賀県栗東市荒張896
位置 北緯34度59分23.9秒 東経136度01分20.3秒 / 北緯34.989972度 東経136.022306度 / 34.989972; 136.022306 (大野神社 (栗東市))座標: 北緯34度59分23.9秒 東経136度01分20.3秒 / 北緯34.989972度 東経136.022306度 / 34.989972; 136.022306 (大野神社 (栗東市))
主祭神 菅原道真
社格郷社
創建 平安時代後期
本殿の様式 三間社流造
別名 天神社、狛坂天神
例祭 5月5日
地図
大野神社の位置(滋賀県内)
大野神社
大野神社
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大野神社(おおのじんじゃ)は、滋賀県栗東市にある神社[1]。旧社格郷社

歴史

詳しい創建年代は不明であるが、古典・所伝によると元慶6年(882年)より以前から社のあったことがうかがわれる[3]

由緒としては、聖武天皇勅願により、奈良の都の北東(鬼門)の方角に位置する地に国家鎮護の霊山として金勝山上に金勝寺(大菩提寺)が創建され、後に平安時代後期になって現・滋賀県栗東市荒張[注 1]の当地に金勝寺の鎮守社として天之水分神が祀られ、天神社として創建されたのが当社の始まりであるという。以来、当社は金勝荘の総社にもなっていた[3]。もしくは、嵯峨天皇の勅願により僧願安によって当地の金勝山連峰に狛坂寺が建立された際、当社はその守護神となって狛坂天神と称されたという[4]

当社は後に於之宮天神(おのみやてんじん)、または於野宮天満宮とその名を改めている[3][4]

寛平9年(897年)に菅原道真が勅使として金勝寺に参向した際は当社に滞在している。そうした道真とのゆかりや道真歿後の天神信仰を受け、天徳3年(959年)に当社・於之宮天神の本殿の横に道真を祀った天満宮が建立された。しかし、いつしか当社は天満宮の方が本殿とされ、かつての祭神である天之水分神は末社とされてしまい[3]、社名も於野宮天満宮と改められた[4]

以降、武家の崇敬を集めるなどして社運が隆盛し、鎌倉時代には近江国の守護佐々木氏六角氏)が、室町時代には足利義尚等によって社殿の造営、修理などが行われている[5]。また、久邇宮家青地城主の青地伊予守より寄進があった[4]

1869年明治2年)には社名が大野神社と改められ[3]1876年(明治9年)に村社に列せられている。1915年大正4年)には神饌幣帛料供進社に指定され、1929年昭和4年)に郷社に昇格している[4]

境内には明治天皇岡部譲等の歌碑がある[6]

境内

摂末社

  • 三社殿(出雲社、栗東市指定有形文化財) - 祭神:出雲大神、恵比寿大神八幡大神。摂社。一間社流見世棚造[3]
  • 水分社 - 祭神:天之水分神。末社。こちらが当社の当初の主祭神であった。
  • 境外社
    • 春日神社 - 東坂地域。
    • 松倉神社 - 中村地域。
    • 中山神社 - 蔵町地域。
    • 白山神社 - 観音寺地域。
  • 兼務社
    • 春日神社 - 荒張地域。

文化財

重要文化財

栗東市指定有形文化財

  • 三社殿(出雲社)
  • 木造十一面観音菩薩立像 - 平安時代
  • 鰐口 - 室町時代大永六丙戌年四月、大工兵衛の刻銘がある。

祭事

  • 例祭 - 5月5日

所在地

  • 滋賀県栗東市荒張896

アクセス

(交通アクセスの出典:[8]
備考

その他

脚注

外部リンク

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