大長和国 From Wikipedia, the free encyclopedia 大長和国(だいちょうわこく、902年 - 928年)は、南詔の後を受けて鄭買嗣(中国語版)が建てた帝国。現在の雲南省に位置した。 概要 鄭買嗣は南詔の清平官をつとめた漢人の鄭回の子孫で、代々清平官を世襲した。南詔の廷臣として実権を握り、南詔皇帝隆舜(中国語版)と舜化貞(中国語版)を2代続けて殺して、南詔と蒙氏一族を滅ぼし、大長和国を建てた。鄭買嗣の後は鄭仁旻(中国語版)が嗣ぎ、鄭仁旻の後は鄭隆亶(中国語版)が嗣いだ[1]。928年、大長和国はその東川節度使の楊干貞(中国語版)に滅ぼされた[2]。楊干貞は趙善政(中国語版)を擁立して大天興国を建てた[3]。 脚注 [脚注の使い方]注釈 出典 [1]川野 2013, p. 162. [2]栗原 2011, p. 82. [3]川野 2013, p. 163. 参考文献 川野明正『雲南の歴史 アジア十字路に交錯する多民族世界』白帝社〈白帝社アジア史選書〉、2013年。ISBN 978-4-86398-118-8。 栗原悟『雲南の多様な世界 歴史・民族・文化』大修館書店〈あじあブックス〉、2011年。ISBN 978-4-469-23313-1。 Related Articles