大阪市立晴明丘南小学校

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過去の名称 大阪市立晴明丘小学校分校
国公私立の別 公立学校
設置者 大阪市
設立年月日 1988年
大阪市立晴明丘南小学校
大阪市立晴明丘南小学校(2008年10月)
北緯34度37分28秒 東経135度29分47秒 / 北緯34.62436度 東経135.49646度 / 34.62436; 135.49646座標: 北緯34度37分28秒 東経135度29分47秒 / 北緯34.62436度 東経135.49646度 / 34.62436; 135.49646
過去の名称 大阪市立晴明丘小学校分校
国公私立の別 公立学校
設置者 大阪市
設立年月日 1988年
共学・別学 男女共学
学校コード B127210002141 ウィキデータを編集
所在地 545-0037
大阪市阿倍野区帝塚山1丁目23番8号
外部リンク 公式サイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
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大阪市立晴明丘南小学校(おおさかしりつ せいめいがおかみなみ しょうがっこう)は、大阪府大阪市阿倍野区にある公立小学校

阿倍野区、住吉区西成区の境界付近に立地している。1986年大阪市立晴明丘小学校分校が現在地に設置されたことに始まる。その後1988年に独立校となった。学校建設前にはクボタ創業者久保田権四郎が建てた屋敷を阪本紡績創業者の阪本栄一が購入し、1948年頃から所有していた、その頃は現在の手塚山セントポーリアや南港通りを渡った土地も敷地であった。阪本ボーリングなども併設しており、1975年頃に手放した。今も外壁が使用されている。

沿革

分離元の大阪市立晴明丘小学校は1950年代以降、児童数1500人-2000人の過大規模で推移してきた。そのため教室不足などが深刻化していた。

1980年代になり晴明丘小学校の分校を設置する構想が具体化した。1983年に分校設置委員会が発足し、1986年に校区南部在住の低学年児童を収容する学年分校として開設された。校舎は、大阪市内の小学校では初めての寄棟式校舎として建設されている。

従来の晴明丘小学校校区の南部を分離する形で、1988年4月に大阪市立晴明丘南小学校として、5年生以下の児童で開校している。

年表

通学区域

卒業生は基本的に大阪市立阪南中学校へ進学する。

出身者

交通

関連項目

外部リンク

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