大隅俊平
From Wikipedia, the free encyclopedia
群馬県新田郡沢野村富沢(現・太田市富沢町[1])に生まれる[4]。沢野小学校卒[2]。
1952年(昭和27年)に長野県坂城町の宮入行平(後人間国宝)のもとに入門[1][2][3]。1958年(昭和33年)日本美術刀剣保存協会の作刀技術発表会で優秀賞を受賞する[1][2]。
1960年(昭和35年)独立[1][2]。1967年(昭和42年)に新作名刀展特賞受賞(以降6年連続受賞)、1974年(昭和49年)・1976年(昭和51年)・1978年(昭和53年)の3度「正宗賞」を受賞[3]。1972年(昭和47年)同展無鑑査となる[2]。
1977年(昭和52年)に群馬県重要無形文化財(金工・日本刀鍛錬)保持者に認定され、群馬県文化功労賞を受賞[1][2]。1997年(平成9年)には重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された[1]。1999年(平成11年)、紫綬褒章受章。2005年(平成17年)に旭日中綬章受章[5]。
2009年(平成21年)10月4日、太田市の自宅にて77歳で亡くなった。
備中青江派の直刃(すぐは、真っ直ぐな刃文)を研究し[3]、極初期を除き、生涯、玉鋼により直刃の刀剣を造り続けた事でも知られる[6]。伊勢神宮の式年遷宮にも刀剣を奉納[1]。