天明の洪水 From Wikipedia, the free encyclopedia 天明の洪水(てんめいのこうずい)とは、1786年(天明6年)に利根川水系で発生した大水害のこと。『徳川実紀』の中で、「これまでは寛保二年をもて大水と称せしが、こたびはなほそれに十倍」と言及する規模となった。 利根川水系では、1783年に浅間山が大噴火を起こし、吾妻川を火砕流が流下した。大量の土砂がさらに下流の利根川本川に流れ出し、河床の上昇を招いた。これが3年後の水害の遠因となった[1]。 1786年7月、関東地方は集中豪雨に見舞われた。利根川は羽根野(現茨城県利根町)地先で氾濫を起こし、江戸市中へ大量の濁流が流下した。「栗橋より南方海の如し」と伝えられるほどの惨状となった[2]。本所周辺では最大で4.5m程度の水深となり、初日だけでも3641人が船などで救出されている[3]。 江戸を襲った主な洪水 寛保二年江戸洪水 弘化の洪水 脚注 ↑ “天明3年(1783年)浅間山噴火”. 利根川水系砂防事務所. 2019年12月28日閲覧。 ↑ 「川 利根川 史上に残る水魔の連続」『朝日新聞』昭和28年9月3日 7面 ↑ 納富壮一郎 (2013年). “江戸三大水害における江戸の被害と救済に関する考察”. 2019年12月28日閲覧。 関連項目 天明の飢饉 - 利根川一帯の食糧事情をさらに悪化させた 印旛沼干拓 - 天明の洪水により中止となった この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 この項目は、災害、防災に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:災害/Portal:災害)。表示編集 Related Articles