天王寺 (東海市)

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位置 北緯34度59分9.1秒 東経136度54分19.2秒 / 北緯34.985861度 東経136.905333度 / 34.985861; 136.905333座標: 北緯34度59分9.1秒 東経136度54分19.2秒 / 北緯34.985861度 東経136.905333度 / 34.985861; 136.905333
山号 愛敬山
宗派 曹洞宗
天王寺
所在地 愛知県東海市加木屋町愛敬69
位置 北緯34度59分9.1秒 東経136度54分19.2秒 / 北緯34.985861度 東経136.905333度 / 34.985861; 136.905333座標: 北緯34度59分9.1秒 東経136度54分19.2秒 / 北緯34.985861度 東経136.905333度 / 34.985861; 136.905333
山号 愛敬山
宗派 曹洞宗
本尊 薬師如来
開基 徳翁安貞
文化財 毘沙門天立像(市指定)
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天王寺(てんのうじ)は、愛知県東海市加木屋町愛敬69にある曹洞宗寺院山号は愛敬山[1]本尊薬師如来[1]普済寺の末寺[1]

近世

寛永18年(1641年)、百姓の忠蔵が夢のお告げをもとに毘沙門天像を堀り出した[2]。同年6月、この毘沙門天像を本尊として、普済寺6世の徳翁安貞を開基として多聞庵が創建された[2]

近代

かつてこの地は相京(あいきょう)と呼ばれたが、江戸時代末期から明治時代初期には「愛しみ敬う」という意味を込めて愛敬(あいきょう)に変更された[3]。1887年(明治10年)、加木屋学校と愛敬学校を統合して多聞庵に愛敬学校(現・東海市立加木屋小学校)が設置された[4]。1889年(明治12年)、多聞庵が愛敬山天王寺に改称した[5]

境内

  • 本堂
  • 寺号標 - 伊藤萬蔵の寄進物[6]
  • 三十三観音[7]
  • 久野義雅君紀念碑 - 久野家の久野義雅の頌徳碑。

文化財

市指定文化財

  • 毘沙門天立像
    • 檜材の一木造[8]。高さ106センチメートル[8]
    • 平安時代末期の作と推定されており、伝承によると行基の作である[8]。東海市の仏像としては観福寺の十一面観音菩薩立像(愛知県指定文化財)に次いで古い[8]。もとは法海寺にあったが、桶狭間の合戦の際に所在不明となり、寛永18年(1641年)に加木屋村の石塚から掘り出された[8]。1995年(平成7年)12月22日に東海市指定文化財に指定された[9]

現地情報

所在地
交通アクセス

脚注

参考文献

外部リンク

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