天野良春

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生年月日 (1947-10-30) 1947年10月30日(78歳)
最終学歴 中央大学
職歴東海ラジオ放送アナウンサー
あまの よしはる
天野 良春
プロフィール
出身地 日本の旗 日本三重県四日市市
生年月日 (1947-10-30) 1947年10月30日(78歳)
最終学歴 中央大学
職歴東海ラジオ放送アナウンサー
活動期間 1970年 -
出演番組・活動
出演経歴 ナゴヤフォークタウン
タクマのHAPPY TIMES!!
土曜はごきげん天野良春ショー

天野 良春(あまの よしはる、1947年10月30日[1] - )は、元東海ラジオ放送アナウンサーで、現在はフリーアナウンサー

三重県四日市市出身[1]中央大学[1]。身長165cm、血液型A型[2]1970年4月、東海ラジオに入社[3]

かつては東海ラジオを代表するアナウンサーであり、パーソナリティとしては、兵藤ゆきとのコンビで「ナゴヤフォークタウン」、末広真季子との「真季子とともに」などのヒット番組を持ち、メインパーソナリティを務めた番組のほか、前述の2番組など、アシスタントとして関わった番組も多い。特にタクマと共演する機会が多く、二人のコンビは「あまタク(天タク、アマタク)」と呼ばれ、親しまれている(後述)。

キャッチフレーズは浴びせ倒しの街頭アナウンサー」[4]

2007年10月をもって東海ラジオを定年退職した後は、フリーランスとして引き続き東海ラジオの番組を中心に出演している。

出演番組

現在

現在、レギュラー出演の番組は特にないが、東海ラジオ毎偶数時の時報CM、中部飼料(「ごまたまご」)のナレーションを長らく担当している。

過去

タクマとの関係

  • タクマとの付き合いは30年近くになり[6]、タクマが大須演芸場で下積み芸人だったころからの親友関係にある。タクマの場合は、同じく東海ラジオの元アナウンサーであった、妻の古橋(旧姓)みゆき(美幸)よりも天野のほうが付き合いが長いとのこと[7]。タクマは、天野が亡くなった時には「葬儀委員長」を務める約束があると、自身の番組内でたびたび明言している。
  • 天野が当時、タクマの住んでいたアパートに遊びに行った際、天野が「こんばんは、森進一です」「こんばんは、大きい宏(玉置宏)です」とモノマネをしながらドアをノックするものの、返事がなくしょんぼりと帰っていったという。実は天野がノックしていたのはタクマの部屋の隣の部屋で、当時タクマは入浴中で気づかなかったという。
  • 天野とタクマが一緒にした初めての仕事は、ユニーの店舗を毎週巡るという内容の番組だった。しかしタクマが病院に出かけたことから、第1回目の放送に出演できなかったとのこと[8]である。
  • 前述の通り、タクマとの共演機会は多く、二人を「あまタク(天タク、アマタク)」コンビと呼ばれ、担当するタイトルにも使用されることが多い。また、過去に担当していた番組「土曜はごきげん天野良春ショー」内で行われていた2人が主体の1コーナー「天野・タクマの危険な関係」から、今でも「危険な関係」と称されることもあるほか、「黄金コンビ」と呼ばれる。
  • ワイド番組時代の「かにタク言ったもん勝ち」では、蟹江篤子が休んだ際の代理を務めることが多く[9]、その際にはジングルも「あまタク〜」に変更されていた。
  • かつて放送されていた「天タクの歌謡曲でドーダ」および「振り逃げジョッキー」のスポンサー・中駒産業のテレビCMに、タクマとともに出演していた。
  • 2016年春改編で「タクマのHAPPY TIMES!!」が放送を開始したことにより、東海ラジオでは一週間で土曜以外のすべての曜日で共演する番組が放送されている(ただし、「あまタク商売繁盛!てんてこまい!」は収録放送である)。
  • 毎年末にリスナー向けに「天野・タクマの忘年会ツアー」と題して、1泊2日程度の旅行を実施している。内容は観光と夜のパーティーなどとなっている。
    • タクマによれば、「忘年会」として定着する以前は「新年会ツアー」であったとのこと[6]である。
  • 番組以外でも、タクマの主催するマジックショーなどのイベントに出演する機会も多い。タクマとマジックやコントでコンビを組む際には「謎の中国人 金満福夫婦」に仮装したり(ちなみに、タクマが「金 満福」で、天野がウィッグを付けて女装した「金 満子(きん みつこ)」で登場する)[10][11]、2016年7月にタクマが22年ぶりに大須演芸場で行った独演会では「ズッコンタクマ・バッコン天野」と名乗るコンビで漫才を披露している[12]

エピソード

脚注

外部リンク

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