太堂町
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歴史
江戸期は太堂村であり、犬上郡のうち。彦根藩領。村高は「寛永高帳」「元禄郷帳」「天保郷帳」「旧高旧領」それぞれ627石余で、変化はなかった。助郷は中山道高宮宿のに加助郷(彦根市史)。村内には、享保2年開山の真言宗浄称寺があった。明治5年滋賀県に所属。同13年の村の状況は、土地が平坦で地味は厚沃、水利の便もよかったが、水害を免れなかった。人口200・戸数54、うち47軒は農家で米(946石)・麦・大豆・菜種・葉煙草を生産するかたわら、機織などの製造を行い、工3軒は大工・桶職、商4軒は布・蚊帳を東京に輸送・販売し、あるいは仏具を九州地方へ輸送・行商していた。反別45町余、田39町5反余・畑1町3反余・宅地1町6反余など。荷車2両を使用(物産誌)[5]。
年表
世帯数と人口
2019年(平成31年)4月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[2]。
| 町丁 | 世帯数 | 人口 |
|---|---|---|
| 太堂町 | 55世帯 | 128人 |
人口の変遷
国勢調査による人口の推移。
| 1995年(平成7年) | 180人 | [6] | |
| 2000年(平成12年) | 171人 | [7] | |
| 2005年(平成17年) | 171人 | [8] | |
| 2010年(平成22年) | 145人 | [9] | |
| 2015年(平成27年) | 134人 | [10] |
世帯数の変遷
国勢調査による世帯数の推移。
| 1995年(平成7年) | 51世帯 | [6] | |
| 2000年(平成12年) | 51世帯 | [7] | |
| 2005年(平成17年) | 51世帯 | [8] | |
| 2010年(平成22年) | 52世帯 | [9] | |
| 2015年(平成27年) | 51世帯 | [10] |
学区
施設
- 太堂町公民館
- 浄称寺
- 阿自伎神社