太田武彦
日本の作詞家
From Wikipedia, the free encyclopedia
来歴
現在の東京都江戸川区生まれ[1]。1944年(昭和19年)に旧制上野中学校を卒業後、陸軍少年飛行兵に志願して終戦を迎える[2]。復員後は国警秋田県本部に採用され警察官となったが、1950年(昭和25年)の警察予備隊発足と同時に入隊して以降、陸上自衛隊で仙台・青森・札幌・帯広を経て美幌駐屯地に転属した[1]。
美幌時代は本名もしくは「太田かほる」名義で作詞の懸賞募集への投稿を精力的に行い、1966年(昭和41年)に北海道が公募した「道民のうた」で応募作「光あふれて」が入選した[2]。以降も1970年(昭和45年)の日本万国博覧会公式テーマソング「世界のひろばで」[1]、三越の2代目社歌などで入選[3]。この他に、野村将希「幸せ行きの汽車が出る」をはじめとした歌謡曲も手掛けている。
平成以降では1994年(平成6年)に秋田県立平成高等学校の校歌を作詞したが[4]、近況は不明。
主な作品
参考文献
- 三友新聞社 編『三越三百年の商法 その発展のものがたり』(評言社、1972年) NCID BN13269886