太陽の城

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用途 ホール、集会室、練習室、視聴覚室
設計者 中建設計[1]
施工 錢高組名古屋支店(主体工事)
川瀬電気工業所(電気設備)
フジ興業(給排水衛生設備)
大冷工業(空調設備)
三菱電機名古屋営業所(エレベーター)
フジクリーン工業(汚水処理施設)[1]
事業主体 岡崎市
太陽の城
右端のレンガ色の建物が太陽の城
2012年平成24年)3月に閉館)
情報
用途 ホール、集会室、練習室、視聴覚室
設計者 中建設計[1]
施工 錢高組名古屋支店(主体工事)
川瀬電気工業所(電気設備)
フジ興業(給排水衛生設備)
大冷工業(空調設備)
三菱電機名古屋営業所(エレベーター)
フジクリーン工業(汚水処理施設)[1]
事業主体 岡崎市
構造形式 鉄筋コンクリート構造
建築面積 1.972 m²
状態 解体
階数 5階
エレベーター数 1
竣工 1979年昭和54年)4月29日[2]
開館開所 1979年(昭和54年)5月1日
解体 2012年平成24年) - 2013年(平成25年)
所在地 444-0860
愛知県岡崎市明大寺本町1丁目1-1
座標 北緯34度57分15.303秒 東経137度09分46.915秒 / 北緯34.95425083度 東経137.16303194度 / 34.95425083; 137.16303194 (太陽の城)座標: 北緯34度57分15.303秒 東経137度09分46.915秒 / 北緯34.95425083度 東経137.16303194度 / 34.95425083; 137.16303194 (太陽の城)
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1966年昭和41年)に建てられた旧児童館の建物
太陽の城跡地
写真奥から、太陽の城の跡地、旧岡崎市教育文化館(左)と太陽の城の駐車場(右)、秀英予備校の跡地

太陽の城(たいようのしろ)は、愛知県岡崎市明大寺本町にあった公共の文化施設、児童館。正式名称は「岡崎市青少年・児童センター 太陽の城」。市民の芸術文化活動と児童の校外指導の拠点として1979年昭和54年)に建設され、2012年平成24年)3月31日に閉館した[3]

鉄筋コンクリート5階建て、建物の延べ面積1.972平方メートル。ヨーロッパの古城を思わせる外見は当時では画期的であった[4]。北側に高さ約30メートル、直径7.2メートルのシンボルタワーがあり、ウェストミンスター宮殿ビッグ・ベンをイメージしたチャイム付の時計がはめこまれていた。

1階は、3歳の幼児から小学校3年生までを対象にした児童センター。図書室、集会室、学習室、保健室、遊戯室などが設けられ、体力づくりのため専門の指導員が配置された(開館後、プレイルームも整備)[1]。図書室は2010年(平成22年)時点で児童向け図書約1万2,500冊を備えていた[5]

2階以上が青少年センターとされた。2階には音楽ライブラリー兼図書室、視聴覚室兼集会室、研修室兼体育室が設けられた。3階から4階までは吹き抜けのステージ付ミュージックホール兼体育室。300人収容のミュージックホールは「騒音に気兼ねせず演奏会や練習をしたい」という市民の要望に応えてつくられた。4階は音響、照明、映写関係の調整室。5階は音楽練習室兼研修室[1]1986年(昭和61年)4月から1996年(平成8年)11月まで岡崎市視聴覚ライブラリーが入っていた[6][7]

利用者は2010年度(平成22年度)実績で13万3,200人あり、広く市民に利用されていたが[4]、各施設の使いづらさは開館当初から指摘されていた。ミュージックホールを演奏会に使う際、舞台裏や袖口、楽屋がないため、出番を待つのに廊下で待たなければならない、バレエの練習のために設計された部屋が、松ヤニの使用が許可されないため実際は練習に使えない、といった問題点があった[8][9]

沿革

脚注

関連項目

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