奇跡の子 夢野に舞う
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| HTB開局55周年記念映画 奇跡の子 夢野に舞う | |
|---|---|
| 監督 | 沼田博光 |
| 製作 |
坂本英樹 四宮康雅 堀江克則 |
| ナレーター | 上白石萌音 |
| 音楽 |
中村幸代 (音楽プロデューサー:中脇雅裕) |
| 撮影 |
小山康範 石田優行 |
| 編集 | 上田佑樹 |
| 製作会社 | 北海道テレビ放送 |
| 配給 |
北海道テレビ放送 (配給協力:東映エージエンシー) |
| 公開 |
|
| 上映時間 | 97分 |
| 製作国 |
|
| 言語 | 日本語 |
『奇跡の子 夢野に舞う』(きせきのこ ゆめのにまう)は、2024年に公開された日本映画。日本で特別天然記念物や絶滅危惧種に指定されているタンチョウを、北海道空知管内長沼町の農家らが、長沼の遊水地に呼び戻そうとする、7年間の活動の様子を追ったドキュメンタリー映画である[1]。北海道テレビ放送(HTB)開局55周年記念作品であり、HTBにとっては開局以来初となるドキュメンタリー映画である。2020年にHTBで放映されたドキュメンタリー番組『タンチョウふたたび』『たづ鳴きの里』をもとに製作された[2]。
札幌近郊の北海道・長沼町。農民たちは、鳥が畑を荒らしたり、ビニールハウスを糞で汚したりといった鳥害で迷惑を被っている[3]。そんな中で農民たちが、地元にタンチョウを呼び寄せる活動を発案する。タンチョウは北海道の東部にわずかに生息するのみの希少種であり、しかも長沼はその生息地から遠く離れた、北海道の首都・札幌市の近郊地である。誰もが不可能と言う中、農民たちはタンチョウの住処作りを始める。しかし期待に反し、大量の渡り鳥[4]、獰猛な外来種、カメラを手にした人間たちと、予想外の者たちばかりが訪れる[3]。トラブルが続き、タンチョウの来訪が危ぶまれる中で、活動開始から7年目にしてタンチョウが飛来、雛鳥の誕生に至る[3]。
スタッフ
製作
テレビ番組製作までの経緯
監督の沼田博光は、HTB報道部でアイヌなどのドキュメンタリー番組の制作に取り組んでいる人物である。2015年頃、沼田はフランスの映像プロデューサーから「富士山を背景として、タンチョウを上空から撮影したい」との相談を受けた[5]。タンチョウの生息地は日本では北海道東部のみであったため、一度は不可能と返答したものの、その調査の過程で、タンチョウ研究の第一人者である生態学者の正富宏之に辿り着いた。正富は、長沼で2014年に地元の農家らによる「舞鶴遊水地にタンチョウを呼び戻す会」が設立されていたことから[6]、沼田に「長沼町にツルを呼ぶという世界初の計画がある」と教えた[7]。長沼は、19世紀末頃の北海道開拓当時にもタンチョウが飛来しており、2020年に閉校した町立長沼舞鶴小学校などに「舞鶴」の地名が残っている、といった背景があった[7]。このことで沼田は、長沼へ頻繁に通うようになった[7]。
沼田が長沼の計画に興味を惹かれたことには、長沼は札幌から車で1時間程度の距離にある近郊であり、タンチョウの生息地として知られる釧路湿原からは250キロメートル以上離れているために、驚きを感じたことが第一に挙げられる。また北海道の湿地は、開発のために半世紀で7割以上が失われたといわれている一方で、タンチョウは水辺の生態系の頂点におり、タンチョウが住める環境を作ることは、タンチョウが食べる餌や、その餌が生息する湿地などの全体の復活に繋がる、と考えられたことも理由に挙げられる[7]。
2016年から、タンチョウを題材としたテレビ番組のための撮影が開始された。撮影の上で問題となったのは、カメラの手配であった。報道部では事件や事故の取材が優先される一方で、タンチョウは確実に長沼に飛来するかどうかわからないために、そのための撮影班を出すのは無理に等しいことであった[7]。折しも沼田が報道部と兼務していた映像技術部で、四季折々の風景を撮影し、それを映像素材として販売する事業を始めようとしていたことで、田園風景を撮影する企画を立てることで、事件や事故の発生に関係なく、複数のカメラマンが長沼町に通える体制が用意された[7][8]。
こうして製作されたのが、2020年放映のドキュメンタリー番組『タンチョウふたたび』である。しかし30分枠の番組という制限のために、2020年4月にタンチョウが飛来した場面までを入れるのが限界であった。そのため、さらにその後のエピソードを追加して60分枠に拡大した『たづ鳴きの里〜タンチョウを呼ぶ農民たちの1500日』が、同2020年6月の北海道ローカルで放映された。この番組は翌2021年に、公益財団法人日本科学技術振興財団の主催による科学技術映像祭で、最高賞である内閣総理大臣賞を受賞するなど、高い評価を得た[5]。
テレビから映画へ
『たづ鳴きの里』は高評価であったものの、沼田は、この番組は単に「苦労の末にタンチョウが来た」という物語を描いただけと感じており[5]、タンチョウを呼んだ農家の苦悩や、地域が抱えている歴史に触れることができなかった点に、不満を抱いていたことが、映画制作に繋がった[8]。
沼田は札幌出身で、HTBの入社前、1981年に北海道が記録的な集中豪雨で水害を被った際に、ボランティア活動で救助活動に携わっていた。入社後は、この水害をきっかけとして北海道開発庁で「千歳川放水路計画」が策定された際、計画が中止となるまで取材を続けた。タンチョウの取材の舞台となった舞鶴は、水害で最も被害の大きかった場所の一つであり、千歳川放水路の建設予定地でもあり、さらにタンチョウを呼ぼうとしていた農家たちは、放水路計画の最中にいた当事者でもあった。しかし放水路計画に纏わる取材では、開発庁の建設推進派と、自然保護派や、計画によって影響を受ける現地住民との対立ばかりであった[8]。
沼田は当時の構図を 推進か反対かという簡単な対立構図だけであり、洪水をなくしてほしいと訴える当事者の声には耳を貸すことが不十分だったと考えられた。農家の苦悩や、地域の歴史に触れることは、放水路計画の中止と共に取材を終えた自分にとっては、かつての取材の失敗の責任を取る意味もあった[8]。同時に、地域の歴史的背景まで掘り下げることは、映画化につながるとも考えたのである[5][8]。こうした経緯で映画では、タンチョウ繁殖の計画に絡めて、水害被害、その後の自然保護団体との対立、農民の挫折などを通じて、野生動物との共生の姿も描写されている[9]。
配給
映画の完成後、映画館への交渉のために配給会社捜しが始められたが、動物を扱う作品は配給が困難な事情があり、交渉は難航した。最終的に東映エージエンシーが配給協力として参加し、配給は製作会社のHTBが担うこととなった[10]。
さらにその後、北海道江別市の建設会社である草野作工が大量のポスターを印刷して北海道内の学校の配布、北海道銀行は百以上の店舗の待合ロビーで映画の予告を上映、北海道エアシステムでは機内誌に映画紹介の記事を掲載するなど、多くの協賛社の宣伝広告活動により映画の認知度が向上し、劇場公開に至った[10]。
音楽
映画音楽の作曲家は、プロデューサーの1人が一緒に仕事したことがあり、曲の雰囲気がこの映画に合うとして、東京の中村幸代に決定した。沼田も中村の音源を聞いたところ、その旋律が長沼町の田園風景に合うと感じられた。さらに中村自身も環境問題に関心が高く、HTBからの依頼を快諾した。イメージをつかむために長沼町を訪れたところ、奇しくもちょうどそのタイミングでタンチョウを見ることができ、中村は楽曲のヒントを得られたようであった[11]。
しかし音楽プロデューサーの中脇雅裕によれば、中村幸代の音源はフルオーケストラでの演奏であり、ローカルテレビ局の製作によるこの映画では予算的に打ち込みが中心になるため、仕上がり具合が違うとの意見があった。そこで沼田は資金集めのために、札幌市を訪れた。札幌は日本全国20の政令都市で唯一、映像文化の発信に少額から300万円、最大で1000万円の補助金を出している都市である。ここで沼田が助成の申請書を提出して映画の重要性を訴えることで、まとまった額の支援を得ることができた。結果としてすべての音を生演奏で賄うことはできなかったものの、中村幸代のピアノと、ギターなどの弦楽器は生演奏が実現した[11]。
封切り
2023年10月に札幌市の映画館「サツゲキ」でメディア向け試写会が開催された後[9]、2024年1月に北海道内各地で先行公開された[12]。ドキュメンタリー映画という点や、鳥や動物を扱った点などから、集客が困難と考えられたことで、当初は小規模の劇場でのみ公開されたが、満席の日が相次いだことで、大規模の劇場で公開が開始された。その初日には札幌のシアターキノで上映1時間以上前に、事前に配布された整理券のみですでに満席になり、製作側を驚かせ、満席となってから劇場を訪れた人々に沼田博光自らが入口前で頭を下げる事態となった[13]。シアターキノでは満席が続いたことで、上映が1週間延長された[14]。
同2024年2月から、東京など日本全国で公開された[12]。東京での公開初日となった2024年2月23日は、関東在住の北海道出身者や野鳥愛好家らが観劇に駆けつけたことで、丸の内TOEIの300席以上の劇場チケットが完売した[15]。
テレビ放送の要望も多く寄せられたことで、2026年1月には、初の地上波での放送が実現した(北海道ローカル放送)[16]。
作品の評価
シアターキノでは、奇しくも本作に加えて、北海道放送(HBC)による『ヤジと民主主義 劇場拡大版』、北海道文化放送(UHB)による『無理しない ケガしない 明日も仕事! 新根室プロレス物語』と、北海道内のローカルテレビ局によるドキュメンタリー映画が3作続けて公開されることになった[14]。シアターキノ代表の中島洋はこれらを指して、「どれも主人公を追うだけでなく、面白い群集劇となっており、クオリティーが高い」と評価した[14]。
新潟県佐渡市の環境アドバイザーである服部謙次は、この映画の中心人物が、自然保護官でも研究者でもなく、土地を守ってきた農家の1人、いわば北海道開拓の当事者の1人であり、その人物がタンチョウの復帰のために強い信念で行動を続けている様子や、農作物やタンチョウのみならず、地域の子供たちにも優しい目を向け、郷里の未来を見つめている様子の描写を評価した[1]。
脚本家の北里宇一郎は、長沼町民の努力の末にタンチョウが長沼を訪れた際の、敢えて感動を視聴者に押し付けない撮影手法や、タンチョウが長沼の地に初めて卵を産んだ際の巧みな撮影と、その様子に製作陣が住民たちと共にタンチョウに心を奪われている様、そして沼田と製作スタッフたちが7年間にわたって長沼の町民たちとタンチョウに寄り添った姿勢を評価した[4]。
北海道大学大学院の農学研究院教授である環境学者・生態学者の中村太士は、水害対策の一つとして作られる遊水地が、洪水被害の帽子のみならず、鳥類、魚、水生植物の生息場所を提供した点を指して、本作を「防災と生物多様性保全、そして地域の生業との繋がりを見事に描いた力作」「ネイチャーポジティブを考える上で多くの示唆を与える物語」と述べた[17]。
旭山動物園元園長の獣医師・小菅正夫は、動物と人々が共生することができれば、北海道は真に素晴らしい地球の別天地になるとして、「そういう期待が持てるような、それほど印象的な映画」と述べた[18]。
2023年10月には、文部科学省より「教育上価値が高く、学校教育や社会教育に広く利用されることが適当と認められる」として、選定(少年向き・青年向き・成人向き)を受けた[19]。同2023年12月には、環境省から「推薦」の承認を受けた。環境省が映画作品に推薦を出すのは、実に17年ぶりのことである[15][19]。
2025年3月にキネマ旬報で発表された「2024年映画ベストテン」では、文化映画部門で第11位に選ばれた[16]。この選評においては、映像文化批評家の四方繁利が、過疎の進行する農家たちがタンチョウを呼び戻す活動内容や、その農家たちが作り上げた水辺環境でタンチョウの雛が育つ様からもたらされる幸福感などを評価した[20]。