奥平昌男
From Wikipedia, the free encyclopedia
生涯
宝暦13年(1763年)6月14日、第3代藩主・奥平昌鹿の長男として生まれる。安永5年(1776年)7月21日に世子に指名され、12月16日に従五位下・美作守に叙位・任官する。安永6年(1777年)4月16日に元服し、安永9年(1780年)の父の死去により家督を継ぎ、9月22日に大膳大夫に遷任された。
若年のためしばらくは家老による専横が行われたが、不正を行った奉行・家老を粛清して天明2年(1782年)から親政を開始した。しかし、天明3年(1783年)の天明の大飢饉で藩内が大被害を受けると、家老らの巻き返しを受けて実権を奪われ、失意のうちに天明6年(1786年)3月21日に江戸で死去した。享年24。