奥間大親

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奥間 大親(おくま うふや、生没年不詳)は、14世紀1320年頃)の中世琉球における人物。後に初代中山王となる察度の父親と伝えられる。

三国統一以前で初代中山王を名乗る察度の父で、中城村の小さな集落、奥間で生まれ育ち、後に浦添間切の謝名村(現在の宜野湾市真志喜)に移り住む。

天女を妻とした(羽衣伝説)などさまざまな言い伝えがあるが、はっきりとした生い立ちは判明していない。

家族

  • 妻 - 英慈王(英祖王統3代目)の次女・真銭金(マガニガニ)で、身を隠すために天女と呼ばれたともいわれている。
    • 長女 - 天茶添按司加那志
    • 長男 - 察度
  • 後妻
    • 次男 - 泰期(金満按司)
    • 三男 - 天久按司慎拍

伝説

中山世鑑』には以下の伝説が載っている。

ある夏の夕暮れに奥間大親という貧しい農夫が、森の川を訪れると泉で水浴びしている天女を見つけ、とっさにそこにあった天女の羽衣を隠し、困った天女に「羽衣が見つかるまで私の家にいるといい」と言って家へ連れていき、いつしか二人の間には一男一女が生まれた。ある日、娘が「お母さんの羽衣は、倉の中にある」という子守唄を歌っているのを聞いた天女は、倉から羽衣を見つけ出して身にまとい、天上に舞い上がっていった。大親と子供たちは泣きながら戻ってくるように言うが、天女はやがて雲のかなたへと消えていった。この伝説になぞらえて、宜野湾市海浜公園で毎年8月上旬にはごろも祭りを開催している。

現在

参考文献

外部リンク

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