妙清 From Wikipedia, the free encyclopedia ハングル: 묘청漢字: 妙清発音: ミョチョンローマ字: Myocheong妙清各種表記ハングル: 묘청漢字: 妙清発音: ミョチョンローマ字: Myocheongテンプレートを表示 妙清(みょうせい、ミョチョン、朝鮮語: 묘청、生年不明 - 1135年)は、高麗時代の僧。妙清の乱の首謀者。改名して浄心といった。 西京(平壌)出身。風水に通じ、日者(天文を観測し吉凶を占う者)白寿翰の師となり、ともに陰陽の術をもって仁宗に取り入ってブレーンとなった。天変地異の多い上京(首都の開城)から西京に遷都すれば国は栄えると進言した。仁宗はこれを受け入れて西京に巡幸し、廷臣のなかにも妙清支持者が増加した。これに対して金富軾らは遷都に強く反対し妙清を排撃した。これに対抗して妙清は1135年に西京で反乱を起こし、国号を「大為」と称し、元号を「天開」としたため、仁宗は金富軾に命じて討伐させた。 参考文献 「世界大百科事典」 平凡社 2007年 六反田豊「一冊でわかる韓国史」 河出書房新社 2021 この項目は、朝鮮に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:朝鮮)。表示編集 この項目は、仏教に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル 仏教/ウィキプロジェクト 仏教)。表示編集 典拠管理データベース 全般 VIAF 国立図書館 韓国 Related Articles