金富軾

From Wikipedia, the free encyclopedia

ハングル 김부식、금부식
漢字 金富軾
発音: キム・ブシク、クム・ブシク
日本語読み: きん ふしょく、こん ふしょく
金富軾
各種表記
ハングル 김부식、금부식
漢字 金富軾
発音: キム・ブシク、クム・ブシク
日本語読み: きん ふしょく、こん ふしょく
英語 Kim Bu-sik, Kum Bu-sik
テンプレートを表示

金 富軾(キム・ブシク/クム・ブシク、きん ふしょく/こん ふしょく、1075年 - 1151年)は、高麗官僚儒学者慶州金氏出身の門閥貴族である。朝鮮に現存する最古の歴史書である『三国史記』を編纂し、後に楽浪郡開国侯を賜った。父は金覲。兄は金富弼・金富佾。弟は金富轍。

先に門閥貴族の李資謙の乱(1126年)で荒れ果てた国都の開京を見て、西京(平壌)出身の僧の妙清は、白寿翰らとともに、風水地理説を根拠として仁宗に西京への遷都を迫った。このとき、金富軾らの王党派は儒教的な正統思想を掲げ、遷都に強く反対する運動を起こした。西京派は遷都実現の望みがなくなったために、1135年に西京に自立して国号を「大為」、年号を「天開」とし、開京の中央政府に対して大規模な反乱を起こした。これを妙清の乱(1135年 - 1136年)といい、高麗を二分して1年余りも激しい戦闘を続ける大きな内乱となった。金富軾は開京派の元帥として軍を率いて西京で激しく戦い、翌年に乱を平定した。

『三国史記』の編纂

その他

参考文献

Related Articles

Wikiwand AI