妙玉寺

佐賀県佐賀市本庄町鹿子にある日蓮宗の仏教寺院 From Wikipedia, the free encyclopedia

妙玉寺(みょうぎょくじ)は、佐賀県佐賀市本庄町鹿子にある日蓮宗仏教寺院。山号は大宝山(だいほうざん)。佐賀藩鍋島家の藩祖以来の外戚家門で、代々重臣をつとめた石井家の菩提寺の一つであり、とくに石井家の一門である横岳鍋島家深堀鍋島家(いずれも佐賀藩家老家)の菩提寺として知られる。境内には、深堀鍋島家初代鍋島茂賢(石井孫六)と殉死した家臣、配下の侍18人の墓があり、俗に「追腹の寺」ともいわれている。旧本山は佐賀観照院。親師法縁。

所在地 佐賀県佐賀市本庄町鹿子104番地
山号 大宝山
宗派 日蓮宗
創建年 1570年元亀元年)
概要 妙玉寺, 所在地 ...
妙玉寺
所在地 佐賀県佐賀市本庄町鹿子104番地
山号 大宝山
宗派 日蓮宗
創建年 1570年元亀元年)
開基 石井忠次(新左衛門尉)
別称 追腹の寺
法人番号 5300005000869 ウィキデータを編集
テンプレートを表示
閉じる

歴史

元亀元年(1570年)に創建されたとされる。開山は隆性院日就上人。元来、当寺は浄円寺の一角に建てられたものだが、あるとき独立した寺になったという。開基は、龍造寺隆信の重臣石井忠次としているが、忠次の長男忠修が26歳で戦死した際、主君の隆信がその死を惜しんで、忠修の甥・石井常永を継嗣に立て、創建を命じたという説もある。なお、忠修は隆信の馬廻をつとめ、陣中で隆信を守護する屈強の武者であり、『北肥戦誌』には「無双の荒武者」四将の一人と表現されている。

なお、山号寺号はいずれも、忠次の次男石井信忠の室の戒名「大宝院妙玉日伝大姉」に因んで、大宝山妙玉寺とする。信忠・大宝院夫妻の長男鍋島茂里(佐賀藩祖鍋島直茂の婿養子)、次男鍋島茂賢も当寺に帰依している。

史蹟

  • 鍋島茂里・月窓院(佐賀藩祖鍋島直茂長女)夫妻の墓所
  • 鍋島茂賢・真光院龍造寺長信の娘)夫妻および殉死者18名の墓所

寺宝

  • 佐賀藩第2代藩主鍋島光茂の土地寄進のお墨付き

旧末寺

日蓮宗は昭和16年に本末を解体したため、現在では、旧本山、旧末寺と呼びならわしている。

  • 安静山正傳寺(佐賀市川副町大詫間、深堀鍋島家によって開基)

交通

関連項目

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI