1955年8月、当時ソウル市で整備業を営んでいたチェ・ムソンとその兄弟らが、米軍から払い下げを受けた、ジープのエンジンや変速機を流用し、車体はドラム缶を加工して製作したものである[1]。
シバルは当初、手工業的手法で製作していたため、完成までに4か月あまりを費やしていた[2]。その年の10月に行われた光復10周年を記念して開かれた産業博覧会にシバルを出品したところ、最優秀賞に選定されただけでなく、大統領賞をも受賞、新聞で大きく取り上げられたこともあって富裕層からの注文が殺到した。大統領賞を受賞し、注文が殺到したことで得た契約金で工場の設備を整え、量産体制に入ることができた。また富裕層で投機ブーム(シバル契)が起こり、プレミア価格での転売も行われるようになった[3]。
主にタクシー用の車として使用され、生産を終えた1963年5月までに3,000台余が生産された。2ドアだが、タクシーとして使う場合は、助手席を倒して乗客が乗り込んでいたという[4]。実物の車両については現存せず、サムソン火災交通博物館が復刻制作した車[5]などレプリカが5台ほど存在する。