姫島灯台
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塗色・構造
白色 塔形 石造
| 姫島灯台 | |
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| 航路標識番号 [国際標識番号] | 5252 [M4968] |
| 位置 | 北緯33度43分50.3710秒 東経131度42分2.5207秒 / 北緯33.730658611度 東経131.700700194度 |
| 所在地 | 大分県西国東郡姫島村 |
| 塗色・構造 | 白色 塔形 石造 |
| レンズ | 第4等フレネル式 |
| 灯質 |
群閃白光 毎30秒間に4閃光 |
| 実効光度 | 240,000 cd |
| 光達距離 | 20海里(約37km) |
| 明弧 | 全度* |
| 塔高 | 12.0 m (地上 - 塔頂) |
| 灯火標高 | 57.0 m (平均海面 - 灯火) |
| 初点灯 | 1904年(明治37年)3月20日 |
| 管轄 |
海上保安庁 第七管区海上保安本部 |
姫島灯台(ひめしまとうだい)は、大分県国東半島沖の姫島東端の柱ケ岳に立つ灯台である。保存灯台(Bランク)に指定されている。
歴史
瀬戸内海西部で、周防灘と伊予灘との境界に位置する姫島は古くから海上交通の要衝であった。1605年(慶長10年)に小倉藩初代藩主の細川忠興が、姫島西南端で篝火を焚いて航行する船に便宜を与え、これに倣って諸国で烽火が設けられるようになったとの記録が残っており、姫島を日本における航路標識の発祥の地とする説もある[1]。
1902年(明治35年)、姫島に航路標識を設置することが決定され、総工費42,360円が費やされ、1904年(明治37年)3月20日に姫島灯台が竣工、初点灯した。
初点灯から1970年(昭和45年)3月までは灯台守が置かれたが、同年4月に自動化され無人となった。以降、佐賀関航路標識事務所が管理してきたが、統合により、1993年(平成5年)4月からは大分航路標識事務所が、2004年(平成16年)4月からは大分海上保安部が管理している。