子ノ神古墳 (沼津市)

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所在地 沼津市西沢田字子ノ神674-1[1]
位置 北緯35度7分27.49秒 東経138度50分59.47秒 / 北緯35.1243028度 東経138.8498528度 / 35.1243028; 138.8498528座標: 北緯35度7分27.49秒 東経138度50分59.47秒 / 北緯35.1243028度 東経138.8498528度 / 35.1243028; 138.8498528
規模
  • 墳丘長46 m(推定約64 m)
  • 前方部20 m(推定約28 m)
  • 後円部径26 m(推定約36 m)
  • 高さ3.5 m
  • 頂径推定10 m[2]
子ノ神古墳
子ノ神古墳(子ノ神神社)
所在地 沼津市西沢田字子ノ神674-1[1]
位置 北緯35度7分27.49秒 東経138度50分59.47秒 / 北緯35.1243028度 東経138.8498528度 / 35.1243028; 138.8498528座標: 北緯35度7分27.49秒 東経138度50分59.47秒 / 北緯35.1243028度 東経138.8498528度 / 35.1243028; 138.8498528
形状 前方後円墳
規模
  • 墳丘長46 m(推定約64 m)
  • 前方部20 m(推定約28 m)
  • 後円部径26 m(推定約36 m)
  • 高さ3.5 m
  • 頂径推定10 m[2]
地図
子ノ神古墳 (沼津市)の位置(静岡県内)
子ノ神古墳
子ノ神古墳
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子ノ神古墳の所在地

子ノ神古墳(ねのかみこふん)は、静岡県沼津市愛鷹山南麓の尾根上に位置する前方後円墳である[3]1970年昭和45年)2月19日に沼津市の史跡に指定された[4]

1999年平成11年)、沼津市の遺跡発掘調査により周溝が確認され、周溝幅は約12メートルと推定、長塚古墳 (沼津市)と同規模であることがわかった[1]。しかし出土遺物は土師器壺の胴部破片1点だけであり[1]、年代特定には至っていない。 前方部に子ノ神神社が建立されている。子ノ神古墳の敷地内説明看板には「石室の一部が発見された」という記述があるが[5]、1999年の地下レーダー探査では石室は確認されていない[6]

規模

  • 墳丘長46メートル(推定約64メートル)
  • 前方部20メートル(推定約28メートル)
  • 後円部径26メートル(推定約36メートル)
  • 高さ3.5メートル
  • 頂径推定10メートル[2][注釈 1]

出土品

内部主体の構造と副葬品については未調査であるため不明である。埴輪および葺石などの外部施設はない[7]。1999年のトレンチ調査時に周溝内の覆土から土師器壺の胴部破片1点を出土[1][8]

現地情報

所在地

交通アクセス

  • 東名高速道路沼津ICから15分[9]

関連施設

  • 沼津市文化財センター(沼津市志下) - 子ノ神古墳出土品等を保管。

周辺

子ノ神神社

子ノ神神社
所在地 西沢田字子ノ神673番地[10]
主祭神 大国主命[10]
創建 不明[10]
別名 子ノ神社[10]
例祭 10月17日[10]
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古墳の中に位置する神社。祭神は大和朝廷に「珠流河国造」として派遣された物部堅石命(もののべのかたいしのみこと)であることと[11]、古墳を祀るために作られたことが推測されている[10]。社有地は785平方メートル[10]

歴史

創立年及び経緯については不明[注釈 2]1947年(昭和21年)に宗教法人となり、その時に神社の建物自体と土地を無償で譲り受ける[10]1905年(明治38年)当時神主であった野秋儀平の手により、御料局から払い下げられ、神社として保安されるようになる[10]1964年(昭和39年)10月に社殿を再建している[10]

氏神

祀っている氏神は以下の通り[10]

  • 中沢田
  • 道尾 - 明治以降
  • 西沢田 - 明治以降

建物

構成される建物は以下の通り[10]

  • 本殿
  • 幣殿
  • 拝殿
  • 手水舎
  • 鳥居

古墳の風景

注釈

出典

参考文献

外部リンク

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