東京都出身。高千穂経済専門学校(現高千穂大学)を卒業[3]。
1946年、富士紡績に入社。世界民主研究所で鍋山貞親の反共主義に影響を受け、全繊同盟の結成に参加した[要出典]。
1971年、全繊同盟会長に就任。1980年、全日本労働総同盟会長に就任。1987年、全日本労働総同盟を解散し、全日本民間労働組合連合会(連合)の結成により副会長に就任した[要出典]。
国際自由労連副会長、国際労働財団理事長、富士社会教育センター理事長、日本会議代表委員などを務めた[2][4]。
1988年、藍綬褒章受章。1996年、勲一等瑞宝章受章[5]。
2011年11月10日、肺炎のため死去。86歳没[3][6]。没日付で従三位に叙せられた[7]。